15
国王主催の晩餐会――当日。
屋敷の中は朝から慌ただしかった。
「もう少しこちらを整えて……はい、完璧ですわ!」
「髪飾りはこちらでよろしいですか?」
侍女たちが忙しなく動く。
大きな鏡の前。
リリアンは静かに座っていた。
淡い水色のドレス。
白いレースが幾重にも重なり、光を受けるたびに柔らかく揺れる。
繊細な刺繍。
細かな装飾。
まるで氷細工のようだった。
「……」
鏡を見つめる。
(ミレイユの性格からは考えられないほど繊細ね)
ふっと目を細める。
(……腕だけは確かだわ)
金色の髪は丁寧にハーフアップにまとめられ、小粒のパールが控えめに散りばめられている。
幼さと気品。
そのどちらも失わない姿だった。
「お嬢様、本当にお綺麗です……」
侍女がうっとりと呟く。
「……大袈裟よ」
小さく返した、そのとき。
「失礼いたします」
扉が開く。
エヴァンだった。
いつもの黒い執事服。
だが今日は、胸元に淡い水色のリボンタイがある。
リリアンは立ち上がると、そのまま彼へ近づいた。
「……少し曲がってる」
「え?」
細い指がタイに触れる。
結び目を整える。
近い距離。
水色の瞳がわずかに揺れた。
「お手を煩わせてしまい、申し訳ございません」
「当然よ」
整え終える。
「あなたは私の――」
一瞬だけ間を置く。
「グラナート家の執事なのだから」
エヴァンが目を細める。
「……御意」
そして。
ふっと笑った。
「では、お嬢様」
静かに片手を差し出す。
「――いざ、戦場へ」
「戦場って……」
リリアンは思わず小さく笑う。
「まあ、あながち間違ってはいないわね」
その手を取る。
「行くわよ、エヴァン」
「はい」
二人は並んで歩き出した。
⸻
王宮。
夜空の下、巨大な城が光を放っている。
馬車が止まる。
扉が開いた。
「グラナート家当主、リリアン・グラナート様ですね」
王家の使いが深く頭を下げる。
「お待ちしておりました。こちらへ」
「ええ」
赤い絨毯の上を進む。
高い天井。
巨大なシャンデリア。
磨き抜かれた床。
窓の外に視線を向けると――
「……」
庭園いっぱいに、白薔薇が咲き誇っていた。
月明かりを受け、幻想的に揺れている。
「綺麗……」
思わず漏れる。
「王宮庭園の白薔薇でございます」
使いの男が微笑む。
「陛下が大切になさっているものです」
「……さすが王宮ね」
視線を戻す。
やがて、晩餐会の会場前へ到着した。
そのとき。
「申し訳ございません」
使いの男が立ち止まる。
「執事の方は、ここまでとなります」
空気が止まった。
「……どうしてかしら」
リリアンの声が静かに冷える。
「彼は私専属の執事よ」
「重々承知しております」
男は頭を下げる。
「ですが、王命ですので」
「……」
リリアンの眉がわずかに寄る。
隣で、エヴァンが静かに口を開いた。
「かしこまりました」
「エヴァン」
「お嬢様」
穏やかな笑み。
「私はここまでのようです」
「でも、なぜ――」
「大丈夫です」
静かな声。
「お待ちしております」
その言葉に、リリアンは数秒黙った。
やがて、小さく息を吐く。
「……わかったわ」
少しだけ視線を逸らす。
「すぐ戻る」
「御意」
エヴァンは深く頭を下げた。
重厚な扉が開く。
中から、賑やかな音楽と笑い声が漏れてくる。
リリアンは一人、会場へ足を踏み入れた。
広いホール。
煌びやかな貴族たち。
そして、すでに数人の当主が集まっていた。
その中の一人が、ぱっと顔を輝かせる。
「やあ、リリアンちゃん!」
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