11
「――ッ!!」
牙が食い込む。
「ぎゃああああ!!」
カイルの悲鳴が森に響いた。
「離せ!離せええ!!」
暴れる足を、さらに強く押さえつける。
その時。
「動くな!!」
振り返ると、憲兵たちが駆け込んできていた。
つい、安堵の表情を浮かべ
「リリアン様」
と声をかけながらエヴァンが振り返る。
その瞬間。
視界が、揺れた。
(……あ)
力が抜ける。
足元が崩れる。
「リリ――!」
呼ばれる声。
それを最後に――
意識が、途切れた。
⸻
「……ん」
柔らかな光。
見慣れた天井。
「……ここ」
自室。
ゆっくりと首を動かす。
隣。
「……エヴァン」
椅子に座ったまま、眠っている。
伏せたままの顔。
「エヴァン」
小さく呼ぶ。
反応はない。
「エヴァン」
もう一度。
ぴくり、と動く。
「……ん」
ゆっくりと顔が上がる。
目が合う。
数秒。
「……リリ?」
次の瞬間。
「っ!」
ガタン、と椅子が鳴る。
「大丈夫か!? どこか痛むか!? 息は苦しくないか!?」
一気に距離が詰まる。
「ちょ、エヴァン」
「どこだ、どこが――」
「大丈夫よ」
手を伸ばす。
その腕に触れる。
「本当に?」
「ええ」
少しだけ笑う。
「それより」
視線を向ける。
「何があったのか、教えてくれる?」
エヴァンが言葉を詰まらせる。
「……その前に」
すぐに立ち上がる。
「医者を呼ぶ」
「え?」
「二日間」
振り返る。
「眠ったままだった」
「……二日」
「心配した」
ぽつりと落ちる声。
そのまま――
ぎゅっと抱きしめられる。
「……エヴァン」
「……本当に」
息が触れる距離。
「よかった」
一瞬の沈黙。
リリアンは小さく目を伏せる。
「……心配かけたわね」
「ほんとだよ、リリ」
すぐに離れる。
「ちょっと待ってろ」
扉へ向かう。
「エヴァン」
足が止まる。
「なんだ?」
「……口の利き方」
一拍。
「……は」
我に返る。
「失礼いたしました、お嬢様」
頭を下げる。
「ふふ」
小さく笑う声。
エヴァンは頭をかきながら部屋を出ていった。
⸻
「うむ、大丈夫でしょう」
白髪の医師が頷く。
「しばらくは安静に。栄養もきちんと取るように」
「ええ、ありがとう」
「では」
振り返る。
「執事殿、少し」
「……ええ」
扉が閉まる。
廊下。
「何か問題が?」
低い声。
医師は少し間を置く。
「……体ではありません」
「……」
「心です」
静かな言葉。
「二日間、目を覚まさなかったのはそのせいでしょう」
エヴァンの眉が動く。
「……あの日のこと、ですか」
「おそらく」
医師は頷く。
「礼拝堂での光景」
「……」
「そして――過去の記憶」
沈黙。
「重なったのでしょう」
風が通り抜ける。
「……彼女には」
医師が続ける。
「結末を伝えねばならないでしょうが」
一拍。
「あなたが、側で見ていてやりなさい」
エヴァンは目を閉じる。
「……ええ」
静かに答えた。
⸻
部屋に戻る。
リリアンがこちらを見る。
「なんだったの?」
「薬の説明です」
何事もなかったように言う。
「随分苦いそうで。きちんと飲ませるようにと」
「くだらない」
視線が鋭くなる。
「それより」
間。
「事件の結末は?」
エヴァンは一瞬だけ沈黙する。
「……お嬢様が倒れた後」
ゆっくりと口を開く。
「憲兵団により、礼拝堂にいた貴族、及びカイルは確保されました」
「……そう」
「全員、罪に問われるでしょう」
短く続ける。
「黒魔術は禁忌ですので」
「……」
リリアンは何も言わない。
「それと」
エヴァンは一通の手紙を差し出す。
「国王からです」
封を切る。
静かに目を通す。
「……」
数秒。
「非公開にしろ、ってことね」
「そのようです」
「……五大名家が関わっている以上、当然か」
紙を閉じる。
ふと、顔を上げる。
「……エヴァン」
「はい」
「子供たちは?」
一瞬。
わずかな間。
「……全員、亡くなりました」
静かな声。
「……そう」
それだけ。
それ以上は、何も言わない。
「……お嬢様」
エヴァンがわずかに身を乗り出す。
「大丈夫ですか」
「なにが?」
淡々とした返し。
「……いえ」
首を振る。
「ただ」
視線を落とす。
「何かあれば、すぐにおっしゃってください」
顔を上げる。
まっすぐに。
「私は、何があっても」
一拍。
「たとえあなたが罪を犯しても」
静かに告げる。
「一生、お側におります」
沈黙。
リリアンが目を細める。
「……そうよ」
ゆっくりと口を開く。
「当たり前じゃない」
視線を逸らさない。
「エヴァン、あなたは私の……」
言いかけて、止まる。
「……」
ほんの一瞬。
「一生、手放す気はないわ」
エヴァンの口元が歪む。
「……御意」
⸻
「もう少しお休みください」
「大丈夫よ」
「いいえ」
一歩近づく。
「私がそばにいます」
「……」
リリアンが手招きする。
「こっちにきなさい」
「……?」
近づく。
「はい」
軽く咳払い。
「……変身しなさい」
「……はい?」
「エヴァ」
じっと見る。
「変身」
ため息。
「仕方がありませんね」
にこりと笑う。
次の瞬間。
――ボフッ
大きな狼が現れる。
そのまま、ベッドへ。
静かに潜り込む。
体を寄せる。
包み込むように。
守るように。
「……あたたかい」
小さな声。
狼が頬を寄せる。
リリアンも、そっと触れる。
「……おやすみ」
目を閉じる。
そのまま、静かな呼吸が重なった。
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