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子爵家次男のありふれない日常  作者: kishi
令嬢が朝食を楽しむだけ
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第04話:サラダとベリーの冷たさ

 全粒粉のパンを、黄身のソースに浸した結果を報告する。


(大正解でした)


 白いパンとは違う。表面の粗い凹凸が、ソースをしっかり受け止めた。染み込む前に、表面で一度とどまる。口に入れると、外側のソースが先に来て、それからパン自身の味が来た。噛むほどに、大地の力強い風味が広がった。全粒粉の穀物の味は濃い。粗く挽いただけのことはある。リリアーヌは、もう一口、かみしめるように噛んだ。


 皿の上が、きれいになった。

 銀のナイフとフォークを、静かに皿の端に揃えて置いた。かちり、と小さな音がした。


 筆頭侍女が、音もなく動いた。斜め後ろから半歩前へ出て、空になった皿を下げる。その動きに迷いがない。リリアーヌがナイフとフォークを揃えた瞬間を、ちゃんと見ていたのだ。言葉はなかった。目が合って、一瞬だけ、「次の準備ができています」という意味の視線が返ってきた。


 次の皿が来た。サラダだ。


 水の滴るようなリーフレタスと、真っ赤に熟した小ぶりなトマトが、白い皿の上に静かに盛られている。

 葉の縁に、まだ水滴がついていた。雨上がりの菜園から、今朝摘んできたものだ。泥を丁寧に落として運んできたのだろう。葉の艶が、それを証明している。


 ドレッシングは、シンプルだった。領内の果実から作った酢と、岩塩と、絞りたてのオイルだけ。


(足し算をしすぎない、という料理人の意地があります)


 フォークで、レタスの葉を一枚取り上げた。ドレッシングが葉の縁から垂れないように、折りたたむように口へ運ぶ。


 歯を当てると、葉がしゃきりと折れた。瑞々しい水分が、口の中に広がった。青い、草の香りがする。それが酢の酸味と岩塩の塩気と混ざって、さっぱりとした味になる。卵とベーコンで温まっていた口の中が、一度、きれいにリセットされた。


 料理の順番というのは、意味がある。重いものの後に、軽いものが来る。濃いものの後に、さっぱりしたものが来る。誰かが考えて、この順番に並べた。


 トマトを切った。赤い断面から、種と水分がわずかにこぼれた。口に入れると、甘みと酸味が同時に来る。外側の皮が、薄くぱちりと破れた瞬間に果汁が広がる。小さいのに、味が詰まっている。


(昨夜の雨が甘みを増したのかしら)


 サラダを食べ終える頃、窓から差し込む光の角度が変わっていることに気づいた。

 朝食を始めた時よりも、光が高くなっている。テーブルクロスの上に落ちていた光の斑点が、気がつけば少しだけ移動していた。影が短くなっている。世界が、ゆっくりと動き出している。


(一時間早く起きたのに、いつの間にかいつもの時間に追いつかれつつありますわ)


 果物が来た。

 ベリーだった。小さな器に、数種類のベリーが盛られている。冷たい湧き水で冷やしていた、とのこと。器の外側に、薄く水滴がついている。


 一粒、フォークで刺して口へ運んだ。

 冷たさが、唇に触れた瞬間からわかった。

 歯で押すと、皮がぱちりと破れた。果汁が、冷たいまま口の中に広がった。甘みと、わずかな酸味。冷たさのせいで、味の輪郭がはっきりしている。雨が甘みを増す、というのは本当かもしれない。


 口の中の、最後の熱が消えた。


 朝食が、終わりに近づいている。


 テーブルの上には、ティーポットが残っていた。湯気は、もう立っていない。紅茶は、まだカップに注がれていない。

 筆頭侍女が、静かにポットの様子を確認した。そのまま、ポットを下げようと手を伸ばした。


 リリアーヌは、その動きを横目で見ながら、少しだけ背筋を伸ばした。


「待って。今朝は、自分で淹れてみたいのですが」


お読みいただき、ありがとうございました。

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