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子爵家次男のありふれない日常  作者: kishi
春手紙のやりとり
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第04話:子爵家へ打診

 春のヴァランシエンヌ辺境伯領、屋敷の私の自室。卓には便箋とインク、蝋の匂いがまだ残る燭台があります。


 エレナ・ベネット嬢の便箋には、短く挨拶と謝罪と署名がありました。そして、「フォルスタ子爵家のアルフレッド」の名がはっきりと書かれていました。

 私はそれを受けて、便箋を綴りました。転嫁は礼儀として粗雑だ、などとしつつも、結局のところ「やはり製作者は貴女でしょう」と断じる趣旨は変えません。私の好奇心がすこし滲んでしまいました。


(それにしても、男爵家へ先に手紙を出したのは、成功と言っていいのかしら。返ってきた便箋は、季節の量り売りでしたわね。短く、逃げ腰。……それでも、水面は揺れました。矢の落ちた場所は、間違っていなかった、と言い切れるほど単純でもありませんけれど)


 その返翰を送り出す流れと同じ背中の向きで、別の封筒も用意しました。宛名は男爵家の令嬢ではなく、フォルスタ子爵家の当主閣下。登記に名が連なるもう一方へ、礼式の厚い扉を叩く手紙です。

 私はインク壺の蓋を開け、筆を試し書きしました。線は濃すぎず、薄すぎず。そして、便箋の角を、定規のように揃えました。


「登記に名が連なるもう一方にも、触れておきましょう」


 侍女が紅茶の皿を置く音が、小さく響きました。


「フォルスタ子爵家、ですね」


 子爵家へ初めて出す便りです。形式上、当然、父上の眼を通すことになります。


 ◇


 執務室での一読は、前回と同じく短い時間でした。父は紙を広げ、視線を下から上へ、上から下へと運び、最後に署名の位置だけを指先で止めました。


「……子爵家、か」

「登記に名が連なっておりますので。男爵家との線とは別に、当主閣下へ礼を尽くしたうえで、事実関係の糸口を伺うつもりです」

「そうか」


 父の返事は、相変わらず軽いです。軽いのに、軽率ではありません。辺境伯の「そうか」は、時として許可証のように機能します。


 ロバート・フォルスタ子爵 閣下

 

 謹啓

 

 春暖の候、貴館におかせましては、御一家揃いましてますますご清祥の由、心よりお慶び申し上げます。

 

 さて、筆を執りますのは、辺境の丘陵が日ごとに緑を増し、川岸の道が泥と乾きを交互に繰り返す折、遠方より便りを差し上げ、礼を尽くしたいと思い立ちましたためです。王都の喧騒から隔たる地ではありますが、だからこそ、生活の実務に根ざした道具ほど、日々の損得に直結して見えます。

 

 近年、王都を中心に流通し始めたという魔道具、靴乾燥機。その登記に貴家の御名が連なる由を拝見し、考案ないし製作に関与された方が、貴家のご一族中におわしますやと推察いたしました。

 

 辺境伯領では、城と街道、見張りと倉、そして水運の荷揚げ場が、同じ季節でも別の濡れ方をします。泥は靴底に厚く付き、乾きは風任せです。人数が動けば道具も増え、増えれば「乾かし方」が運用になります。華やかな沙汰より先に、足元の不便が積み上がる場所ほど、地味な改良の価値が帳簿に現れます。私は、そうした実務の積み重ねに関心を抱く立場として、同じく生活の利便を重んじる貴家と、将来にわたる友好の糸口を結ばせていただきたく、ご連絡申し上げます。

 

 差し出がましいお願いではございますが、ご多忙の折、ご返翰のほど賜れれば幸いに存じます。また、貴下並びに貴館のご家族様方のご健勝と、日々の安寧を、ここに重ねてお祈り申し上げます。

 

 リリアーヌ・ヴァランシエンヌ

 

 謹白


 郵路へ手紙は載せられていきました。私は窓辺に立ち、丘の向こうの空が、王都の空と同じ色かどうかを、一瞬だけ考えました。


(同じ色なら、便箋の格も同じはずです。……本当かしら。前回の経験は、春の段落数で視力検査をされた気分でしたもの)


 唇を結び、私は独り言を飲み込みました。飲み込んだ先でも、言葉は消えません。


「今度の返事は、どんな紙で届くのかしら」


 静けさの中で、私は自分の胸の高さだけが、ほんの少しだけ上がっているのに気づきました。退屈の足音が遅れたのは、今日も事実です。


 庭の花が色を替えるまで、答えはまだ、封の中にあります。

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