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子爵家次男のありふれない日常  作者: kishi
魔道具で小遣い稼ぎ
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第06話:きれいにできた

 翌日、空は晴れていた。昨日の雨が嘘のように、放課後の空き教室に斜めの光が差し込んでいる。


「昨日、考えた」


 俺は鞄から、蛇腹のホースと、ドライヤーをもう一本取り出した。うちから拝借してきた二本目になる。昨日のは焦げて使い物にならなくなった。これ以上続くようだと、家の在庫がなくなる。


「靴は二足だから、ドライヤーも二つ必要——そう思い込んでいた。二足というイメージに引きずられすぎていた」

「うん」

「よく考えたら、ドライヤーは一つでいい。こっちのホースを送風口につけて、先を二股に分岐させる。靴の中に入りやすいように、先端を少し尖らせる」


 レナがホースを手に取って、眺めた。


「これなら、レナが魔力で作業する範囲を絞れる。負担も減るはず。それに、靴の奥まで風が届きやすい」

「……やってみる」


 レナは机に材料を並べ直して、作業を始めた。


 ◇


 今日の作業は昨日より静かだった。

 指先から伸びるリボンの動きが、昨日より迷いなく素直だ。接合部を固め、ホースを二股に分岐させ、先端を成形していく。スライムの粉が光り溶けて、形に従って固まっていく。


 それほど時間はかからなかった。


「できた。これでいい?」


 レナが手を止めた。

 机の上に、ドライヤーにホースが接続された、不格好だが確かに形をしたものが置かれていた。


「いいな、イメージ通りだ」


(ひとまず形になった。あとは試験だ)


 レナの表情も、昨日よりわずかに軽い。


「靴を貸して」

「俺のか」

「試験に使う」

「……まあ、大丈夫だとは思うが」


(戻ってくるかな、俺の靴)


 両足とも脱いで渡すと、レナは靴の中にホースの先端を差し込んだ。魔石のスイッチを入れる。


 風が出た。


「おっ」


 ホースの先から、二股に分かれた風がちゃんと流れている。靴の中に入っていく。


「いいじゃないか……」


 言いかけた瞬間、靴の中から白い煙が上がった。焦げ臭い匂いが漂ってきた。


「……俺の靴が」


 革が変色していた。こんがりと、いい焼き色がついている。食べ物なら美味しそうな色だが、靴なので美味しくない。


「……調整が必要だった」

「風が熱すぎた。強すぎる。音もうるさい」


 空き教室に響くうなり音が、耳障りだった。

 レナはスイッチを切った。焦げた靴を見て、特に表情を変えなかった。


「魔導回路を調整する。温風にして、威力を落とす。そうすれば音も小さくなる」

「できるか?」

「魔導回路の扱いは難しい。けど、調整ならできる、と思う」


 レナが魔導回路と向き合った。

 さっきとは空気が違った。接合や成形ではなく、すでに組み上がったものの中に、魔力を通す作業だ。


 指先のリボンが、今日一番細く、今日一番丁寧に伸びた。

 回路の内側を探るように、リボンが動く。押しつけるのではなく、問いかけるように。素材が応答する場所を探して、角度を変え、力を変え、少しずつ、少しずつ。

 レナの額に汗がにじんだ。指先のリボンが細くなった。それでも、手は止まらなかった。


 窓の外の光が傾いていく。

 リボンが、ゆっくりと引き戻された。


「……よかった」


 小さな声だった。

 レナの肩から、何かが抜けるように力が落ちた。顔色が少し白い。消耗している。


「できたか」

「できた」


 スイッチを入れた。風が出た。さっきより柔らかい。音が静かだ。熱くない。


(これだ)


 俺が声をかけようとした時、レナがそのまま動かなかった。完成した魔道具を手に持って、ただ静かに、しばらく持ったままでいる。


「……どうした?」


 レナが、ゆっくりと顔を上げた。


「……きれいにできた」


 それだけだった。


 説明でも報告でもなく、ただその一言だけ。レナが、自分の作ったものを「きれい」と言った。

 俺はしばらく、何も言わなかった。


 ◇


「いいな、これ」


 試験を無事に終えた俺は、さらに加えて言った。


「タイマーってつかえないかな。時間が来たら自動で止まる機能」

「疲れた。面倒くさい」

「そこをなんとか」

「……明日」

「……明日でいいよ」


 ◇


 翌日、放課後。


「機械式でいい? 魔力はほとんど使わない」


 レナが机の上に小さな歯車と金属のパーツを並べながら言った。


 タイマーの組み込みは、昨日までの作業とは別種の作業だった。

 魔力ではなく、歯車と金属の噛み合わせで時間を刻む仕組みだ。レナの手が、淡々とパーツを組んでいく。


 それほど時間はかからなかった。


「完成」

「……あっさりしてるな」

「機械式だから」


 俺はタイマーをひねった。カチカチと音がして、設定した時間で風が止まった。


「完成したな」

「うん」

「ヴィクトルは何て言うかな」


 レナは道具を片付けながら、一度だけ完成した靴乾燥機を見た。特に表情は変えなかった。

 ただ、鞄に入れる前に、少しだけ丁寧に扱っていた。

お読みいただき、ありがとうございました。

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