表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
子爵家次男のありふれない日常  作者: kishi
魔道具で小遣い稼ぎ
27/43

第05話:魔力は万能じゃない

 放課後の学園に、雨の音が響いていた。窓の外は鈍色の空で、石畳に雨粒が叩きつけている。春の雨にしては、少し強い。

 指定された空き教室の扉を開けると、レナがすでに来ていた。

 机を端に寄せて広いスペースを作り、床に布を敷いて、道具を並べている。糸ノコ、金属のやすり、小瓶に入った粉。


 俺は肩にかけていた布包みを下ろして、床に置いた。中身はドライヤーが二本だ。一本はヴィクトルの試験を通過した修理済みのやつ。もう一本は、うちから拝借してきたものだ。


「なぜここで?」

「アクセスがよくて、広い。使用許可も簡単に下りた」

「作業場じゃなくて?」

「道具は持ってきた」


 レナは振り向かずに答えた。

 俺は布包みを解いて、二本のドライヤーを取り出し、並べて床に置いた。


「プロトタイプ一号の設計を話す」

「聞く」

「商品のドライヤーをベースにする。二つをくっつけてH型にして、魔石のスイッチは一本にまとめる。スイッチを入れたら、二つの送風口から風が出る。両側に靴を置けば、同時に二足乾かせる」


 レナが短く頷き、糸ノコを手に取った。


「まず持ち手を切る」


 ◇


 作業が始まった。


 レナは手際よく二本のドライヤーの持ち手部分を切り落とし、パーツに分解していった。迷いがない。どこを外せばいいか、頭の中に既に地図があるのだろう。

 切り離したパーツを並べ直し、小瓶を開ける。中に入っていたのは、白みがかった粉だった。


「スライムの粉。糊として使う」

「スライムが糊になるのか」

「溶けて固まる性質がある。魔力を与えると、光りながら液化する」


 パーツを組み合わせながら、レナが魔石のスイッチ部分と二つの魔導回路を確認していく。それから、静かに目を閉じた。


 次の瞬間、レナの指先から、細いリボン状のものが伸びた。

 光、というより、光に近い何かだ。白みを帯びて、ゆっくりと揺れている。空気より少し重いように漂いながら、パーツの継ぎ目へと近づいていく。


(……魔力か)


 俺は息を詰めた。魔道具の作業を間近で見るのは、初めてだった。


 リボンは一定のリズムで脈打ちながら、素材の表面を探るように動いていた。押し当てるのではなく、誘うように。場所を変え、角度を変え、同じ弱い力をひたすら与え続けている。根気のいる作業だと、見ているだけで分かった。

 スライムの粉が反応した。白い粉がじわりと光を帯び、液化し始めた。とろりとした透明の液体がリボンに乗って、パーツの継ぎ目へと流れ込んでいく。隙間を埋めるように、ゆっくりと、確かに。


 レナの額に、汗がにじんでいた。


(……不謹慎だが、きれいだな)


 思ってしまった。自分でも驚くくらい、素直にそう思った。

 金色の髪が俯いて、指先から伸びるリボンが揺れていて、集中している横顔が、窓の雨光の中で静止画みたいに見えた。


 二つの魔導回路を一つにしようとしているのだろう。リボンが微妙に乱れて、また整う。額の汗が一筋、頬を伝った。


 ぽんっ。


 乾いた音がした。次の瞬間、焦げ臭い匂いが空き教室に広がった。


「失敗」


 レナが短く言った。

 俺は驚きで半歩引いていた。我に返る。


「失敗か。……難しいんだな」

「難しい」


 レナは組み上げかけたパーツを眺めた。何かが焼き切れたらしく、接合部分が黒ずんでいる。


 少しの沈黙の後、レナが言った。


「あの商人はいじわる」

「どういうことだ?」

「そもそも、魔導回路の修理なんて、できない。熟練の魔道具師の領分。少なくとも、今の私には無理」

「……じゃあ、どうやって試験をクリアしたんだ?」

「修理できなかった。だから、動作するドライヤーを買ってきて、正常な魔導回路を取り出して、移植した」


 俺は少しの間、それを飲み込んだ。


「壊れた回路を直すんじゃなくて、正常な回路に換えた、ということか」

「そう。壊れたものを修理するなんて無理。でも」


 レナが続けた。


「できないというのは悔しい。だから、できる方法を探した」

「……そうだったのか」


 俺は天井を見上げた。


「魔力で何でもできるわけじゃないんだな。俺、甘く考えてた。素材を全部入れて鍋で煮込めば、望みの商品が出てくる、くらいの感覚でいた」

「それは違う」

「分かった。発想を変えよう。もっと簡単にできるようにする。構造を見直そう」


 レナが少し黙った。


「……それはそれでムカつく」

「え?」

「私の能力を低く見ているみたいで」

「低く見てない。状況を変えようとしてるだけだ」

「……」


 反論はなかった。けれど納得もしていない顔だった。


「そもそも、先輩の魔力は?」

「期待するな。得意じゃない」

「……」


 レナの沈黙が、いろいろと語っていた。


「今日はここまでにしよう」


 俺は道具に目をやりながら言った。


「消耗しているだろうし。俺も新しいアイディアを練る時間がほしい。明日にしよう」


 レナは焦げたパーツをしばらく見ていた。それから、静かに片付けを始めた。


(やり方を変えないとな。レナの負担にならずに、形にする方法を考える)


 窓の外では、まだ雨が降り続けていた。


お読みいただき、ありがとうございました。

ブックマーク登録や評価欄☆☆☆☆☆から応援をいただけますと励みになります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ