第05話:魔力は万能じゃない
放課後の学園に、雨の音が響いていた。窓の外は鈍色の空で、石畳に雨粒が叩きつけている。春の雨にしては、少し強い。
指定された空き教室の扉を開けると、レナがすでに来ていた。
机を端に寄せて広いスペースを作り、床に布を敷いて、道具を並べている。糸ノコ、金属のやすり、小瓶に入った粉。
俺は肩にかけていた布包みを下ろして、床に置いた。中身はドライヤーが二本だ。一本はヴィクトルの試験を通過した修理済みのやつ。もう一本は、うちから拝借してきたものだ。
「なぜここで?」
「アクセスがよくて、広い。使用許可も簡単に下りた」
「作業場じゃなくて?」
「道具は持ってきた」
レナは振り向かずに答えた。
俺は布包みを解いて、二本のドライヤーを取り出し、並べて床に置いた。
「プロトタイプ一号の設計を話す」
「聞く」
「商品のドライヤーをベースにする。二つをくっつけてH型にして、魔石のスイッチは一本にまとめる。スイッチを入れたら、二つの送風口から風が出る。両側に靴を置けば、同時に二足乾かせる」
レナが短く頷き、糸ノコを手に取った。
「まず持ち手を切る」
◇
作業が始まった。
レナは手際よく二本のドライヤーの持ち手部分を切り落とし、パーツに分解していった。迷いがない。どこを外せばいいか、頭の中に既に地図があるのだろう。
切り離したパーツを並べ直し、小瓶を開ける。中に入っていたのは、白みがかった粉だった。
「スライムの粉。糊として使う」
「スライムが糊になるのか」
「溶けて固まる性質がある。魔力を与えると、光りながら液化する」
パーツを組み合わせながら、レナが魔石のスイッチ部分と二つの魔導回路を確認していく。それから、静かに目を閉じた。
次の瞬間、レナの指先から、細いリボン状のものが伸びた。
光、というより、光に近い何かだ。白みを帯びて、ゆっくりと揺れている。空気より少し重いように漂いながら、パーツの継ぎ目へと近づいていく。
(……魔力か)
俺は息を詰めた。魔道具の作業を間近で見るのは、初めてだった。
リボンは一定のリズムで脈打ちながら、素材の表面を探るように動いていた。押し当てるのではなく、誘うように。場所を変え、角度を変え、同じ弱い力をひたすら与え続けている。根気のいる作業だと、見ているだけで分かった。
スライムの粉が反応した。白い粉がじわりと光を帯び、液化し始めた。とろりとした透明の液体がリボンに乗って、パーツの継ぎ目へと流れ込んでいく。隙間を埋めるように、ゆっくりと、確かに。
レナの額に、汗がにじんでいた。
(……不謹慎だが、きれいだな)
思ってしまった。自分でも驚くくらい、素直にそう思った。
金色の髪が俯いて、指先から伸びるリボンが揺れていて、集中している横顔が、窓の雨光の中で静止画みたいに見えた。
二つの魔導回路を一つにしようとしているのだろう。リボンが微妙に乱れて、また整う。額の汗が一筋、頬を伝った。
ぽんっ。
乾いた音がした。次の瞬間、焦げ臭い匂いが空き教室に広がった。
「失敗」
レナが短く言った。
俺は驚きで半歩引いていた。我に返る。
「失敗か。……難しいんだな」
「難しい」
レナは組み上げかけたパーツを眺めた。何かが焼き切れたらしく、接合部分が黒ずんでいる。
少しの沈黙の後、レナが言った。
「あの商人はいじわる」
「どういうことだ?」
「そもそも、魔導回路の修理なんて、できない。熟練の魔道具師の領分。少なくとも、今の私には無理」
「……じゃあ、どうやって試験をクリアしたんだ?」
「修理できなかった。だから、動作するドライヤーを買ってきて、正常な魔導回路を取り出して、移植した」
俺は少しの間、それを飲み込んだ。
「壊れた回路を直すんじゃなくて、正常な回路に換えた、ということか」
「そう。壊れたものを修理するなんて無理。でも」
レナが続けた。
「できないというのは悔しい。だから、できる方法を探した」
「……そうだったのか」
俺は天井を見上げた。
「魔力で何でもできるわけじゃないんだな。俺、甘く考えてた。素材を全部入れて鍋で煮込めば、望みの商品が出てくる、くらいの感覚でいた」
「それは違う」
「分かった。発想を変えよう。もっと簡単にできるようにする。構造を見直そう」
レナが少し黙った。
「……それはそれでムカつく」
「え?」
「私の能力を低く見ているみたいで」
「低く見てない。状況を変えようとしてるだけだ」
「……」
反論はなかった。けれど納得もしていない顔だった。
「そもそも、先輩の魔力は?」
「期待するな。得意じゃない」
「……」
レナの沈黙が、いろいろと語っていた。
「今日はここまでにしよう」
俺は道具に目をやりながら言った。
「消耗しているだろうし。俺も新しいアイディアを練る時間がほしい。明日にしよう」
レナは焦げたパーツをしばらく見ていた。それから、静かに片付けを始めた。
(やり方を変えないとな。レナの負担にならずに、形にする方法を考える)
窓の外では、まだ雨が降り続けていた。
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