第04話:靴乾燥機という地味な夢
翌日、学園の廊下でレナに呼び止められた。
「なおった。商人によろしく」
それだけ言って、レナは鞄から布で包んだドライヤーを取り出し、俺に渡した。ずっしりと重い。
「……一週間で直したのか」
「なんとか」
「すごいな」
「まあ」
感想がそれだけなのも、レナらしかった。
◇
いつもの喫茶店。一週間ぶりの顔合わせだ。
三人が席についた。ヴィクトルの前にドライヤーが置かれている。
ヴィクトルはドライヤーをひと通り確かめてから、静かに置いた。長時間動かして、まわりに迷惑をかけるわけにはいかない。
「動きますね……やりますね、レナ様」
ヴィクトルが背筋を正して、切り出した。
「言い出した手前、こちらから計画を出さないわけにはいきませんね……靴乾燥機です」
靴乾燥機。
俺は、その言葉を頭の中で一度、ばらした。靴を乾かす。専用の道具。となると、手元のドライヤーをベースに、風の行き先を靴の中へ誘導するような話なのだろう。平たく言えば、足元用の送風機だ。名前だけを聞いても、どこまで手の込んだ箱物を指すのかまでは想像がつかないが、少なくとも「髪を乾かす」と「靴を乾かす」は、同じ風でも用途が違うのは分かる。
(なぜ靴なんだ)
最先端でもない。永久機関でもない。雨に濡れた靴が不快、という、ありふれた不便さの話じゃないのか。それを魔道具で解くから、儲けになるのか。それとも、だからこそ現実的なのか。需要はどこに立つのか。ギルドや職人の現場なのか。
レナの視線が、テーブルのドライヤーからヴィクトルへ移った。口は開かないまま、眉間だけがわずかに寄っている。同じ問いを、言葉にする前に噛みしめているような顔だった。
間があった。
「……小さくない?」
レナが言った。
「小さいです」
ヴィクトルが認めた。
「そもそも、大儲けできるような事業計画が、資本も用意できない学生であるお二人に提示されるわけがありませんよ。現実的な話をします」
俺は茶を飲みながら聞いた。
「雨は降る。貴族の家では、使用人がドライヤーで靴を乾かしているはずです。つまり靴乾燥機はなくとも困らない。ただ、靴を傷めず、火事にならない程度のぬるい風を送ってくれる専用の道具があれば、そこそこ需要はあるのではないか。貴族家だけでなく、運送ギルドや靴職人にも使い道がある」
「初期投資は?」
「ドライヤーと技術料程度です。リスクが少ない」
(なるほど。悪くない)
「大量生産はエレナ様には無理でしょう。ですから製造は外部に出す。収入はアイディア料とライセンス料の形で入ってくる。大金持ちにはなれません。はじめから、あきらめてください。ただ、学生のビジネスとしては、悪くない話だと思います」
「おまえのメリットは?」
俺が聞くと、ヴィクトルは少し口の端を動かした。
「うまくいけば、継続的な利益を生む小さな権利になる。顔も売れる。なにより、ほとんどコストがかからない。まず権利を抑えましょう。マネされてからでは遅い。その後は受注生産に近い形をとる。在庫を持たず、作った端から売っていけばリスクは極めて低い」
ヴィクトルが俺たちの顔を見回した。
「私としては、うまくいけば最上。うまくいかなくとも、ダメージは小さい」
(完全に自分に損のない設計だ。さすがだな)
感心しつつ、俺は乗り掛かった舟だと思っていた。ここまで来たら、やるしかない。
ヴィクトルが続けた。
「ということで、二つ目の試験です。プロトタイプを作ってください」
俺はレナを見た。レナは既に手帳を開いていた。
「モノづくりは楽しい」
小さく、しかし迷いなく言った。
「参加する」
「俺も」
ヴィクトルが静かに頷いた。
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