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子爵家次男のありふれない日常  作者: kishi
魔道具で小遣い稼ぎ
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第03話:商人による試験

 後日、同じ喫茶店の窓際の席。

 俺とヴィクトルは先に席についていた。既に茶が手元にある。

 ヴィクトルは独立したばかりの若い商人で、うちに出入りするようになって一年ほどになる。目が鋭くて、愛想より実利を優先する男だ。


 扉が開いて、レナが入ってきた。

 俺たちを見つけて、無言で席に着く。店員を呼んで茶を注文しようとした。そのとき、ふと顔を上げた。


「スコーンフェアは終わったの?」

「終わりました。本日はマフィンがおすすめですよ」

「じゃあマフィンも」


 レナは注文を済ませてから、テーブルに視線を戻した。俺は向かいのヴィクトルを手で示した。


「紹介する。うちに出入りしている商人のヴィクトル。独立したばかりで、やり手だ」

「はじめまして、エレナ様」


 ヴィクトルが頭を下げた。目だけは笑っていない。値踏みしている目だ。


「はじめまして」


 レナは短く返して、鞄から分厚い手帳を取り出した。準備がいい。


「まず経緯だけど。高等部に上がったレナが、小遣い稼ぎで何かを作って売りたいと言い出してな。作るのはレナの担当。俺は、何を作るかを考えて、売る方を引き受ける約束になっている」

「ほう」

「二人でアイディアを出し合ったが、まとまらなかった。だから、やり手の商人に風向きを聞こうと思って、今日は連れてきた」


 レナが、何も言わず頷いた。否定はない。


(よし。本番だ)


 俺の中で気持ちが切り替わる。お金がかかっている。本気でいく。


「ということで、アイディアを持ってきた」


 俺は切り出した。


「俺はこのあたりが現実的だと思っている。授業中に眠くならない魔道具。字が綺麗に見える魔道具。学生相手に需要が確実にある。小さくても、手堅く売れる」


 ヴィクトルが聞いている。


 レナが手帳を開いた。


「私は永久機関に挑戦するべきだと思っている。魔力不要の新エネルギー源。理論的には、筋が通っている」


 テーブルに沈黙が落ちた。


 ヴィクトルは表情を変えなかった。ただ、茶を一口飲んで、静かに置いた。


(……アホだと思っているな)


 商人の内心など俺には知る由もないが、その沈黙が生む空気が全てを語っていた。おそらくこんなことを考えている。


(アルフ様がアホなのは出入りしているうちに把握していた。しかしこのご令嬢もアホだ。全て却下。でも、お得意様だ、柔らかくやろう)


「アルフ様」


 穏やかな声だった。


「それは、まったく面白くありません。すでにあります」

「……」

「エレナ様、永久機関は実現性が皆無です。コストもかかりすぎる。理論の筋以前の話です」


 その時、店員がマフィンを運んできた。丸くて、表面がこんがりと焼けている。レナが当然のように受け取った。


 ヴィクトルの目が、マフィンに向いた。


「……そもそも、そのマフィンにも、納得がいかない」

「マフィンに?」

「マフィンはパンです」


 ヴィクトルが静かに、しかし確信を持って言った。


「酵母で膨らませる。平たくて丸い。塩気がある。横に割ってトーストし、バターを塗って食べるものです。甘い菓子ではない」

「……」

「ここの店がマフィンと称して甘い焼き菓子を出しているのは承知しています。だから私は注文しなかった。本来のマフィンはセイボリーです。ベーコンやチーズを練り込んで、朝食に食べるものです」


 俺はレナを見た。レナは手元のマフィンを見ていた。


(マフィンへの熱量がすごい。数えるまでもないが、今の説明の方が、永久機関の方より長かった)


「アイディアの方は、まあ、却下なのは分かった。淡々としてたし。……なのに、なんでマフィンだけ講義が始まるんだ」

「講義ではありません。世直しです」


(……うちの出入り商人、こんなやつだったか?)


 レナはマフィンをひとかじりした。黙っていた。


 沈黙が続いた。


 ヴィクトルはしばらく俺たちを眺めてから、茶を一口飲んだ。

 その目が、微妙に動いた。呆れてはいる。しかし完全に切り捨てる気でもない、という目だ。


「どのアイディアも、却下です。ただ、無下に手放すのも、それはそれで面白くないですね」


 ヴィクトルが改めて言った。


「私のアイディアにのってみますか?」


 俺とレナが、同時に顔を上げた。


「当然、条件があります。私からの課題をクリアしてもらう。私と組むなら、課題クリアできるくらいの腕がなければ話になりません」

「課題」

「本日、たまたま。ちょうどいいものがあります」


 ヴィクトルが足元から箱を取り出した。木の箱だ。思ったより大きい。テーブルの上に置いて、蓋を開けた。

 中に、ドライヤーが入っていた。


「……なぜドライヤー?」

「商会で取り扱っている魔道具です。ただし、動かない」

「壊れているのか」

「おそらく魔導回路のどこかが壊れているのだと思いますが、詳しくは分かりません。これを、動くように修理してください」


 俺はドライヤーを眺めた。風を出す魔道具。貴族のご令嬢方があの豊かな髪を維持するために日常的に使っているやつだ。


「修理に出せばいいのでは?」

「修理代が、買い替えより高くつくのですよ。魔導回路というのは意外と複雑でして。修理には、根気と時間が必要で、職人に頼むと割に合わない。実際は捨てて買い直した方が安い」

「では、なぜ」

「腕試しとしては、うってつけでしょう?」


(お手並み拝見、というわけか)


 ヴィクトルがドライヤーをレナの前に置いた。

 レナは手帳をしまって、ドライヤーを手に取った。ひっくり返したり、底を覗き込んだり、特に表情を変えずに観察している。


「やる」


 一言だった。


「一週間、もらえる?」

「構いません。お手並みを拝見しましょう」


 ヴィクトルが頷いた。


 ◇


 一週間が経った。


「できた」


 レナから短い言伝が来た。それだけだった。


X(Twitter) は、https://x.com/kishi3822 です。


お読みいただき、ありがとうございました。

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