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子爵家次男のありふれない日常  作者: kishi
交際を偽装する
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第07話:迷惑のひとつやふたつ

 放課後、リーゼから短い言伝が来た。


「いつもの喫茶店に来てください」


 学園の廊下でその伝言を受け取った瞬間、俺の中に二つの感情が同時に走った。

 ひとつは、状況の把握。ロザからも聞いていた「周辺が騒がしい」という話が、いよいよ動いてきたのかもしれない。

 もうひとつは、それはそれとして、お誘いがうれしい、という感情だ。


(……人助けは人助けとして、ちゃんとやれ)


 祖母の言葉を思い出して、俺は足早に向かった。


 大通りから一本入った路地の喫茶店。最初にリーゼと向かい合って座ったのと、同じ窓際の席だった。

 リーゼはすでに来ていた。カップを両手で包んで、窓の外を見ていた。俺が向かいに座ると、こちらを向いた。


「お時間をとっていただいて、ありがとうございます」


 茶を頼んで、しばらく待った。リーゼはすぐには話し始めなかった。何かを言葉にしようとして、まだ整理できていないような間だった。 俺は急かさなかった。


「……アルフの、ご家族のところに」


 リーゼがゆっくりと口を開いた。


「圧力、というほどではないかもしれません。ただ、動きがあります。このまま続けていれば、ご迷惑をおかけすることになるかも」

「……」

「ですから、偽装はここで終わりにしましょう。十分、助けていただきました。……本当に、ありがとうございました」


 リーゼは真っ直ぐに俺を見て、きれいに頭を下げた。

 俺は少し考えてから、口を開いた。


「続けましょう」

「……え」

「わりと楽しかったじゃないですか。攻防も含めて。家間の関係がどうなろうと、俺は構いません。むしろ、このまま深めていきましょう」


 リーゼは笑っていない。冗談を受け入れる空気でもない。

 俺は口を閉じた。


「……本当に、ご迷惑をおかけしたくないのです」


 リーゼの声は穏やかだったが、その奥に、何か固いものがあった。一人で抱えてきたものの重さが、少しだけ滲んでいるような。


 俺はしばらく黙ってから、聞いた。


「……なぜ、本命の相手に言わないのですか」

「……」リーゼは一瞬、目を見開いた。「……迷惑をかけたくなくて」

「俺の手の骨と足の爪は砕こうとするくせに」

「……それは」

「それはたしなみですよね。分かってます」


 リーゼが、かすかに目を伏せた。俺はそのまま続けた。


「黙って抱えてる方が、相手には失礼だと思いますよ」

「……」

「一緒にいたいと思っている相手なら、なおさら。迷惑のひとつやふたつ、かけてみてください。そのくらいのことで音を上げる人じゃないでしょう、たぶん」

「……どうして、そう思うのですか」

「リーゼさんが大切に思う人なら、そういう人だろうと思って」


 リーゼはしばらく、カップを見ていた。


「勇気を出してください」


 静かな一言だった。我ながら、らしくない言い方だと思った。

 しばらくの沈黙の後、リーゼはゆっくりとカップを置いた。


「……少し、考えてみます」


 俺たちはそれぞれ茶を飲んで、店を出た。

 夕暮れの路地に、春の風が通り抜けていった。


 それから少しして、リーゼの周辺は静かになった。

 詳しいことは確認しなかった。する必要もなかった。ただ、次に学園で顔を合わせた時、リーゼはいつもより少しだけ表情が軽かった。それで、十分だと思った。


 ◇


 数日後の帰り道。

 金貨五枚をもとに、レオンに茶をおごることになった。


「なんでお前が声をかけられたんだ?」

「俺の推測でいいか。……本命の相手には頼めない。高位の貴族に頼めば、大事になる。俺は、適度に御しやすそうに見えた。そのあたりじゃないかな」

「……御しやすそう……実際は、御しやすくなかったろ」

「まあ、そこは想定外だったんじゃないか」


 レオンが、ぷっと笑った。


「結局お前、損な役回りだったじゃないか」

「いや」俺は茶をひとくち飲んだ。「美女とお近づきになれたから、トントンだよ」

「……お前、本当に懲りてないな」


 レオンが呆れた顔で笑った。俺も笑った。

 春の夕暮れが、いつもより少し長く感じた。

お読みいただき、ありがとうございました。

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