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子爵家次男のありふれない日常  作者: kishi
交際を偽装する
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第06話:祖母の部屋で真相へ

 その日の夕食は、いつも通りだった。

 父は黙々と肉を切り、祖父はワインを傾けながら遠い目をしていた。母は食事をしながら今日の来客の話をしていて、カティは向かいに座ってそれを聞いていた。


 俺も食べながら、ぼんやりと聞き流していた。


(……まあ、普通の夕食だ)


 ただ、食後の片付けが終わったタイミングで、ふと気がついた。カティが俺に視線を向けていた。何かを待っているような、「来るよ」と言いたそうな、そういう目だ。


 次の瞬間、祖母ロザが立ち上がった。


「アルフ。カティと一緒に、私の部屋にいらっしゃい」


 腰を上げながら、俺はカティに目を向けた。カティは小さく頷いた。


 ◇


 ロザの部屋は、子爵邸の中でも一番落ち着いた部屋だ。古い調度品が整然と並び、香木の香りがうっすらと漂っている。椅子が三脚、並べてあった。

 ロザはすでに中央の椅子に座り、背筋をまっすぐ伸ばして俺たちを待っていた。


 俺とカティは並んで腰を下ろした。


「話のさわりは、カティから聞いています」


 ロザは静かに口を開いた。声に、圧がある。怒鳴るわけでも急かすわけでもないのに、部屋の空気が引き締まる感じがした。


「リーゼ嬢となにかしているとか」

「……はい」

「なにか気づきましたか。彼女の周辺が、最近騒がしいのです。家同士の話ですが」


 俺は少し考えてから、順序立てて話した。


 依頼を受けた経緯。偽装交際の条件と報酬。リーゼのバリアが一切崩れないこと。

 そして五回目の帰り道で感じたふたつのこと。すれ違った集団の中心にいた男と、リーゼの歩調の変化。肩が触れた瞬間に、いつものひと言が来なかったこと。


「なるほど。そんなことがありましたか」


 短い沈黙。カティが膝の上で手を組んでいる。


「……詳しくは言いません。家同士の話ですから」


 ロザはそう前置きして、ゆっくりと続けた。


「リーゼ嬢には、大切にしている相手がいます。ただ、それを表に出せない事情がある。……そこに、別の家が横から入ってきている。本人にとっては、とても厄介な状況です」

「横槍、ですか」

「ええ。力のある家です。リーゼ嬢ひとりで抱えるには、少し重い」


 俺はその言葉を、頭の中で静かに置いた。

 避けていた集団の男。肩が触れた瞬間に曖昧になったリーゼの反応。それがひとつの形に、ぼんやりと結びついていくような気がした。


(……そういうことか)


 正確には分からない。でも、輪郭くらいは見えてきた。


「それはそれとして」


 ロザが、こちらを向いた。少し間を置いてから、口の端をわずかに動かした。


「どうせ色香に惑わされたのでしょう。彼女、きれいですものね。スタイルもいいし」

「ですよね。あの立ち姿と、銀の髪と、あの落ち着いた……はっ!」


 俺は一瞬、本音が口から飛び出しかけて、慌てて手で押さえた。

 ロザの目が、細くなっていた。カティが横で、静かに目を逸らした。他人事の顔だ。


「……弁解を聞きましょうか」

「人助けです。放っておけなかったのは、本当です」

「それは信じますよ。あなたはそういう子ですから」


 ロザは穏やかに頷いてから、続けた。


「ただ、困っている人を放っておけないのと、色香に惑わされるのは、別の話です。ふたつを混ぜると、自分でも何のために動いているのか、分からなくなる」

「……」

「人助けならば、人助けとして、きちんと立ちなさい。下心をこっそり混ぜ込みながら動いているのは、みっともない。相手にも、失礼です」


 俺は黙っていた。


「きれいな人に声をかけられて、うれしかったのでしょう。それは分かります。ただ、それはそれ、これはこれ、です。ごっちゃにしない」「……はい」

「よろしい」


 それだけだった。ロザは視線を窓の外へ戻した。話は終わりだ、という空気だった。


 俺とカティは立ち上がり、部屋を出た。

 廊下に出ると、カティがぼそりと言った。


「お説教、短かったじゃない」

「……短かった?」

「祖母様の本気は、もっと長いのよ。見込みがあると思われてる証拠よ」


 俺はしばらく考えた。

 見込みがあると思われながら、説教される。複雑だ。


(まあ。人助けは人助けとして、ちゃんとやれ、ということだな)


 それだけは、はっきり分かった。


お読みいただき、ありがとうございました。

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