第05話:攻防、継続中
三日後、また一緒に歩いた。
その次も、その次も。
偽装交際とは名ばかりで、実態は「美人の隣を歩く男が、毎回徒労に終わる試み」の繰り返しだった。
俺の無駄な努力の歴史を、ここで少し振り返っておこう。
◇
二回目の帰り道。
「……そういえば、こうして歩いていると、周りからは普通に見えますかね」
「見えていると思いますよ。何か問題が?」
「いや、問題というか。もう少し、こう、見え方を工夫した方がいいかと思いまして」
「どんな工夫ですか」
「たとえば、距離をもう少し詰めるとか」
「足の小指の爪を覚えていますか」
「覚えています」
「では問題はありません」
俺は足の小指を物理的に守るような歩き方になった。
◇
三回目の帰り道。
「リーゼさんって、笑うとちょっと印象が変わりますね。さっき学園の後輩に笑いかけてたの、見てました」
「そうですか」
「普段より柔らかくて。それが……なんか、いいですよね」
「ありがとうございます」
「だから、俺にも少しくらい笑いかけてもらえると」
「……人差し指の骨の話、忘れましたか」
「覚えています」
「では問題はありません」
(なんでこの人、「問題はありません」で全部終わらせられるんだ)
◇
四回目の帰り道。
「……そういえば、そろそろ教えてもらえませんか。偽装の理由」
「女の秘密ですよ」
「まあ、それはいいですが、少しくらいヒントだけでも」
「暴くのは、万死に値しますよ」
「一万回、いうことですか。俺の命は一つしかないのですが」
「足りませんね」
「……足りませんね、って。好奇心を持っただけで、そんな目に?」
リーゼは少し間を置いてから、答えた。
「刺繍針で」
「……」
「たしなみですので」
「……なんで姉との話を知っているんですか」
「存じません。ただ、たしなみですので」
(……偶然か。偶然なのか。この人は)
俺は、物理的に身を守るような不自然な歩き方になった。
◇
「……ということが、ここ数日で起きた」
俺は翌日の昼休み、人気のない中庭の隅でレオンに報告した。
レオンは他人事の顔で聞いていた。
「まとめると。何回試みても全部封じられている。一回も成功していない」
「ゼロ回」
「それでも続けている。なぜ」
「なんか、意地になってしまって」
「そもそも、偽装交際に余計なことをする必要はないだろ。隣を歩くだけでいいんだろ」
「……そうなんだが。そうなんだが。向こうが冷静に封じてくるのが、なんか悔しくて」
「お前、子どもか」
「悔しいものは悔しい」
「……まあ、楽しそうでいいんじゃないか」
「……そうか?」
「そうだよ。目が生き生きしてる。うっとおしい、迷惑だ」
俺は返答に困って、中庭の噴水を眺めた。
(楽しい、か)
意地になっているのは確かだ。毎回封じられているのも確かだ。でも、並んで歩いている時間が不本意ながら、悪くはなかった。リーゼは静かで、よく観察している人で、余計なことを言わない分、たまにぽつりと出てくる一言が妙に的確だった。
(……まあ、それはそれとして)
封じられているのは、やっぱり悔しい。
◇
五回目の帰り道。
大通りに差し掛かったあたりで、向こうから学園の生徒が数人、連れ立って歩いてくるのが見えた。
上級生だろうか。背の高い男子生徒が中心にいて、周りが自然とその人物に向いているような、そういう空気の集団だった。
俺は特に気にせず、そのまま歩き続けた。
が、隣のリーゼの様子が、わずかに変わった。
気のせいかもしれない。ただ、歩調が、ほんの少し遅くなった。視線の向きが、わずかにずれた。真っ直ぐ前を向いているのに、正面を見ていないような。そんな、不思議な気配。
(……どこを見ている?)
すれ違いざまに、俺は横目でその集団を確認した。中心の男子生徒。端正な顔立ち。歩き方に育ちの良さが滲んでいて、周囲の視線を自然と集めるような、そういう人間だ。
その男が、こちらには目を向けなかった。
視線が、一瞬だけ、この方向へ来そうになって……来なかった。意図的に、逸らしたような。
集団が通り過ぎた。
リーゼは何も言わなかった。歩調が、元に戻っていた。
(……なんだ、今の)
俺には分からなかった。リーゼが男を避けたのか、男がリーゼを避けたのか。あるいはその両方なのか。ただ、すれ違いのあの数秒に、何か——妙に張り詰めたものがあった気がした。
俺は何も言わなかった。
大通りを抜けてしばらく歩いたところで、馬車の流れが一時的に滞り、歩道に人が集まった。
俺とリーゼも自然と人波に押され、いつもより近い間合いで立つ形になった。
その拍子に、俺の肩がリーゼの肩に触れた。
俺は反射的に身を引こうとした。が、リーゼは何も言わなかった。
(……あれ)
いつもなら一言ある。足の小指か、骨か、万死か。しかし今日は、何もなかった。
ただ、前を向いて、馬車の流れが戻るのを待っている。
人波が散けて、また歩き始める。
「……今、何も言いませんでしたよね」
リーゼはわずかに間を置いた。
「……そうでしたか」
「いつもなら、なんらかの破壊文句が来てます」
「……気づきませんでした」
(「気づかなかった」は、ないだろ。これだけ鋭い人が)
俺は黙って歩いた。
(なにか動揺があった? いや、リーゼには触れることを、当たり前のこととして受け入れている相手が、いるのかもしれない。だから、とっさに反応できなかった。そういうことなのか?)
あくまで、「かもしれない」だ。確かめる方法も、確かめる気も、今の俺にはない。
ただ。
さっきすれ違った男のことと、今のこととが、頭の中でなんとなく同じ棚に並んだ。何がどう繋がるのかは、まだ分からない。
俺はそっと視線を前に戻した。
金貨五枚の仕事が、最初に思っていたよりも、やはり入り組んでいる……それだけは、なんとなく、感じ始めていた。
お読みいただき、ありがとうございました。
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