第04話:一歩の攻防
「では、よろしくお願いします」
学園の正門を出て少し歩いたところで、リーゼが歩調を整えながら言った。
偽装交際、初回。
快晴の午後で、馬車通りには行き帰りの学生がそれなりにいる。人目につく場所を歩く、という条件は、今日この瞬間にさっそく満たされていた。
(……美人だな、やっぱり)
隣を歩くリーゼを横目で確認する。銀がかった髪が春の光を受けてやわらかく揺れている。立ち姿がいい。歩き方がいい。横顔がいい。
俺は遠くを見るように目を逸らした。頭の中の理性が「落ち着け」と言っていた。
(偽装だ。仕事だ。金貨五枚の対価として、ここを歩いているだけだ)
「アルフ」
「はい」
「今、よからぬ心が顔に出ていましたよ」
「出ていません。ただ、遠くを見ていました」
「遠くを見る顔ではありませんでした」
(……この人、なんで分かるんだ)
俺はさりげなく表情を引き締めた。
さて。偽装交際というのは、「交際しているように見せる」ことが目的だ。つまり、それらしい振る舞いが必要になる。間合いが遠すぎては、ただ一緒に歩いているだけに見える。もう少し距離が縮まった方が、それらしい。
俺は自然を装いながら、半歩だけ内側に寄った。
リーゼの体が、静かに半歩ぶん外へ流れた。
(……あれ?)
気のせいか。俺はもう半歩、内側へ。リーゼは何も言わず、またわずかに軸を横へずらす。平行移動だ。距離が、元に戻っている。
(……この人、気づいてる。絶対気づいてる)
「……あのですね」
俺は穏やかに切り出した。
「偽装交際というのは、もう少し近い距離感が必要ではないでしょうか。傍目に見て、ふたりが仲のいい男女であると伝わる距離というか」「不要です」
「でも……」
「足の小指の爪を狙いますよ?」
「…………」
俺は一瞬止まって、靴の先を見下ろした。リーゼはそのまま前を向いている。その表情は至って穏やかだった。
(穏やかな顔で、部位破壊を宣言してきた)
俺は静かに、元の位置へ引いた。
◇
しばらくは無難に並んで歩いた。
馬車が一台通り過ぎ、向こうから学園の後輩らしき二人組が歩いてきて、会釈していった。リーゼは落ち着いた微笑みで会釈を返した。
様になっている。俺も会釈した。こういう時、俺の役割は隣にいるだけでいい。
(……隣にいるだけ。いるだけなんだが)
腕を組む、という話を思い出した。あの喫茶店で、リーゼが「場合によっては腕を組む程度のことも必要になるかもしれない」と言ったのだ。
俺がその一言で即答してしまったのは、確かにそういう理由だ。
(腕を組む。この人と。腕を)
「アルフ」
「はい」
「また顔に出ています」
「出ていません。今度こそ、純粋に道の先を見ていました」
「そうですか」
(なんでこの人は分かるんだ。本当に)
俺は今度こそ、表情を完全に消した。能面のような顔で前を向いた。
「……少し、真顔すぎませんか」
「どちらでもないですが、という顔をしています」
「交際相手の隣でその顔は、それはそれで不自然ですよ」
(どうしろというんだ)
「……それでは」俺は戦略を変えた。「もう少し近づいて歩きましょう。腰に手を回すくらいの距離感が、本来の交際では自然なのでは」
「人差し指の骨にさよならしたくなければ、試みないほうが賢明ですよ」
「……足の小指の爪と、人差し指の骨と、二つも持って行くつもりですか」
「覚えておいてください」
リーゼはそれきり前を向いた。その横顔はやはり穏やかで、俺が何か悪いことを言い返せる余地が一ミリもなかった。
(この人、思ったより手強い)
心の中でひっそり認める。見た目の落ち着きが、そのまま実力だった。俺のあらゆる接近を、大声も急ぎ足もなく、ただ間合いと一言で完全に封じてくる。
道が大通りに合流するあたりで、リーゼが足を止めた。
「今日はここまでにしましょう。お付き合いいただきありがとうございました」
「いえ、こちらこそ」
「次は……三日後の放課後、同じ時間でよろしいでしょうか」
「承知しました」
リーゼはきれいに一礼して、その場を離れた。馬車通りの人混みに、すっと溶け込むように歩いていく。
俺はその背中を見送りながら、今日の収支を頭の中で計算した。
(接近:ゼロ回成功。封じられた回数:無数。爪と骨:宣告済み)
(どうなんだ?)
(……金貨一枚くらいの価値はあったのか?)
根拠はない。
だが、三日後が少し楽しみだと思っている俺がいることも、否定できなかった。
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