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子爵家次男のありふれない日常  作者: kishi
魔道具で小遣い稼ぎ
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第01話:帰り道後輩に出会う

 帰り道というのは、一日の中で一番どうでもいい話ができる時間だと思う。

 授業の緊張も昼の騒ぎも全部後ろに置いてきて、あとは家に着くだけ。そういう時間に交わす会話は、大体くだらないし、だからこそいい。


「この間の食堂のお姉さまの話だが」


 レオンが切り出したのは、学園の赤い屋根がだいぶ遠くなったあたりだった。

 春の夕暮れが街並みを橙色に染め、馬車が一台、俺たちの横をゆっくり追い越していく。


「お前が声をかけられた、あの赤髪のお姉さまか?」

「俺も声をかけられて、話したぞ」

「へえ」

「お前が、お姉さまと呼ぶのも分かる。キレイな方だったな」


 俺の足が弾む。ようやく分かってくれたか。


「だろ? 俺が外れているわけじゃないだろ。感じのいいお姉さまだ」


 レオンが頷く。


「あれはすごいな。年齢が分からない。不思議な引力のある方だな」

「そこなんだよ。猫みたいなものじゃないか」

「猫?」

「猫って、一日の起きてる時間の多くを毛繕いに費やすだろ。清潔感を保ち続ける。だから歳を取っても毛並みが光って、こちらには年齢が分からない(まあ、あと野生の防衛本能という話もあるが。弱みを見せると死に直結するから、体調が悪くても隠す。猫は老いを顔に出さないのだ)」

「それを言えば、あの方は猫ということになるが」


 レオンが少し考えるように間を置いた。


「いや……それよりも、もっと魔のつく何か、ではないか」

「人を超越していると?」

「そんな風にも感じるな」

「吸血鬼か。不老不死、夜のイメージ、魅惑的。確かに当てはまる気もするな(でも昼間の食堂でおかわりを喜んでいたから、日光はたぶん大丈夫だ)」


「そういえば」とレオンが続ける。

「あのお姉さまは、ずっと前から食堂にいらしたのか? あれだけ印象的な方なら、以前からいれば気づいていたはずだが」


「それは俺も分からない。俺も今まで気づかなかった。あんなきれいな赤髪、一目見れば記憶に残るはずなのだが」

「……何を言っている?」


 レオンの歩調が、ほんの少し落ちた。


「黒髪のストレートのお姉さまだろ?」

「いやいや、赤髪でウェーブのかかったゴージャスなお姉さまだろ?」

「長身で、全体の調和が整った方だろ?」

「いやいや、出るところと引っ込むところが極端にアンバランスな方だろ?」


 石畳を踏む足音が、二人分、揃って止まった。


「は?」

「は?」


 ふたり同時に言った。春風が吹いた。馬車が一台、砂ぼこりを上げて通り過ぎた。


(赤髪か黒髪か。ゴージャスか均整か。どちらかが間違えている。いや、どちらも間違えていない気がする。不気味だ)


 レオンが、静かな声で言った。


「……もしかして、本当に吸血鬼なのかもしれないな」

「……同じ話をしているつもりで、違う人間を見ていたとしたら(やめろ。考えるな。そういう方向に思考を走らせると、夜に眠れなくなる)」


 俺は軽く頭を振って、空を見上げた。夕陽が大分傾いている。大通りへの分かれ道が、もう目の前だ。


「……まあ、感じのいいお姉さまだということだけは、一致している」

「……それだけは、そうだな」


 なんとも言えない空気のまま、ふたりは歩き続けた。笑い飛ばせるような気もするし、笑い飛ばせない気もする。こういう話は、あまり深く考えない方がいい。そういうことにしておこう。

 分かれ道が、すぐそこまで来ていた。


「……先輩」


 声が聞こえたのは、その時だった。


 俺とレオンが、同時に立ち止まる。

 振り返ると、夕陽の差し込む街並みの中に、ひとつの人影が立っていた。制服。金色の髪。小柄で、背筋はまっすぐだが、どこかぼんやりとした雰囲気がある。疲れているのか、眠いのか、あるいはそれが素なのか、判断がつかない。


「久しぶり」


 落ち着いた、低めの声だった。タメ口だが、失礼というわけでもない。ぎりぎりの、絶妙な温度感。


(……誰だ?)


 俺は記憶の棚を引っかき回した。中等部。後輩。この顔。

 エレナ。男爵家の長女。中等部の時の後輩だ。確か今年、高等部に上がったはずだ。


(あぁ、レナか)


 安堵したのも束の間、俺の横で気配が動いた。レオンだ。さりげなく半歩、俺の背後に回り込もうとしている。


(……何をしている?)


「おぉ、レナ。久しぶりだな。どうした、こんなところで?」

「相談がある。同行してほしい」


 間髪を入れない返答だった。レオンの気配が、さらに近づく。


「……チョークスリーパーでいこう」


 聞こえるか聞こえないかの声で、レオンが呟いた。


(何を言った今?)


 チョークスリーパー。喉を潰すのではなく、頸動脈を圧迫する技だ。打撃ではなく関節。衣服を使わずとも自分の腕と体勢だけで完結するから、どんな状況でも使える。


(天下の往来で繰り出す気か。命が危ないのでは?)


 俺はレオンを振り返り、目だけで伝えた。


「俺は正気だ」


 レオンが三秒ほど、無言でこちらを見た。それから、静かに半歩引いた。命拾いをした。


「……いいけど」


 俺は改めてレナに向き直った。


「前も、こんなことあったな。もしかして、待ってた?」

「自意識過剰」

「いや、そうじゃなくてさ。ここで待ち構えていれば俺を捕獲して拉致できる、みたいなマニュアルでもあるの?」

「いいから」


 それだけ言って、レナは歩き始めた。待つ気がない。


(……あ、これは行くやつだ)


 気づいた時には足が動いていた。レオンの方を振り返ると、腕を組んで、どこか遠い目でこちらを見ていた。


「また明日な」

「……じゃあな」


 その顔が、あからさまに「どうなることやら」と言っていた。

お読みいただき、ありがとうございました。

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