第04話:他貴族の証言
次の綴りには、卒業式に居合わせた貴族たちの証言が、短い報告として幾つかまとめられていた。
一人目。侯爵家の息子で、王太子の側近の一人らしい。
「卒業式の壇上にて、王太子殿下が婚約破棄および国外追放を宣言された。殿下のご発言には驚いた。しかし、公の場における式の流れであり、私から差し出口をする立場にはなかった。式の経過は目撃した」
驚いた、と書いてある。では、驚いたあと、何かしたか。差し出口ができなかった、と。公の場だから、と。止める努力をしなかった理由を、一言でまとめている。読んでいるこちらの胸には、その言い訳が、すっと届いてくる。
二人目。伯爵家の当主で、うちの領地と川の利権でやり取りのある家だ。
「リリアーヌ・ド・ヴァランシエンヌ嬢の反論は、事実および記録に基づくものと承知している。式の経過については、そのとおり目撃した。以上」
事実に基づく、と認めている。だが、娘を擁護する言葉はない。積極的に味方したわけではない。事実を認めただけだ。こちらの領地と付き合いがあるから、令嬢に不利なことは言わない。かといって、王太子を貶める発言もしていない。
うまく立ち回っている、と言えばそれまでだ。だが、私はもう少し考えてみた。
この家とは、川の利権を巡って長い付き合いがある。水路の管理、通行料の配分、洪水の際の復旧費用の分担。細かい折衝を何度も重ねてきた。うまくいった交渉もあれば、互いに譲れず長引いたこともある。それでも、約束したことは守る家だ、という印象がある。
だとすれば、この証言は純粋な打算だけではないかもしれない。
事実に基づくと述べたのは、娘に義理を立てたのか。それとも、ただ王太子に加担するリスクを避けたのか。あるいは、その両方が混ざり合っているのか。調書の文面からは、判断できない。
ただ、どちらであれ、結果として娘に不利な証言はしなかった。長い付き合いの中で積み上げてきた関係が、あの場でどう働いたのか。それは、こちらが感謝すべきことなのか、それとも単なる偶然として受け流すべきなのか。
私には、答えが出ない。
三人目。子爵で、王家の政務に参与しているという人物。
「式の経過については、記録のとおり目撃した。私見は差し控える」
私見は差し控える、とだけ書いてある。王太子にも令嬢にも、加担しない。見ていただけ、と言い切っている。結果として、王太子を救う発言はしていない。
私は綴りを閉じ、しばらく天井を見上げた。
三人の証言を並べてみると、同じことが浮かび上がる。
誰も、王太子を擁護していない。
驚いた、と言いながら止めなかった者。事実は認めるが、それ以上は言わない者。私見は差し控える、と突っぱねた者。どれも、「見ていただけ」「発言はしなかった」で通している。あの壇上で、王太子に味方する声は、一つも上がらなかったのだ。
発言権がなかった、のは事実だろう。式の主役は娘と王太子だ。
ほかの貴族は、観客に近い。だから黙っていた、と言えば、そのとおりだ。
それだけか。
黙っていれば、自分たちの立場は安泰だ。王太子に楯突けば、王妃や宰相ににらまれる。かといって、王太子を助ける発言をすれば、あの場の流れに逆らうことになる。どちらに転んでも、得にはならない。だったら、何も言わない方がいい。王太子が追い詰められていく方が、国としては落ち着く。自分たちの既得権や立場にも、かえって都合がいいかもしれない。
積極的に王太子の転落を望んだわけではあるまい。ただ、あの場で彼を救う発言は、誰もしなかった。黙っていたのは、発言権がなかったからでもあり、黙っていた方が得だったからでもある。そう読める。
私は証言の綴りを机の上に重ね、最後の綴りを手に取った。残るは、法相の見解を記した文書だけだ。
表紙を開けると、日付と宛先のあと、事件の法的評価が条を追ってまとめられている。
王太子殿下が卒業式の壇上において、国王陛下の裁可なく婚約の破棄および国外追放を宣言した行為は、貴族間の契約に関する法規に照らし、越権行為に該当する。婚約は両家の合意に基づく契約であり、その解除には、慣例上、国王の裁可を要する。殿下の一方的な宣言は、裁可を得ておらず、したがって法的には無効である。また、他家の令嬢に国外追放を命ずる権限は、王太子の権能には含まれない。以上は、信義誠実の原則および我が国の法治の枠組みに照らした見解である、とある。
続く頁には、娘の反論および証拠の提示について、記録に基づく事実関係が要約されていた。いじめの嫌疑については、当該時刻におけるアリバイが王家の記録により確認され、根拠を欠く。追放の宣告については、手続を欠き、かつ国家の存立に関わる重大な影響を無視した独断である、と簡潔に記されている。
読みながら、私は軽く息をついた。法相の文章は、感情を排し、法と記録だけを並べている。宰相の聴取記録と重なる部分は多い。それでも、法の専門家が同じ結論を文書に残していることは、娘にとって強い後ろ盾になる。要点だけを追い、頁をめくる。最後まで目を通し、綴りを閉じた。これで、調書はすべて読み終えた。
お読みいただき、ありがとうございました。
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