第03話:宰相の聴取記録
宰相閣下の聴取記録を開いた。
マダム・ローランのそれとは、筆の重さが違う。質問は短く、回答が長い。法や経済の用語が、教科書のように並んでいる。
「王太子殿下が、卒業式の壇上において婚約破棄および国外追放を宣言された件、事前に把握していたか」
「卒業式の式次第には、殿下のご発言は含まれておりませんでした。したがって、事前の把握はございません」
本当に知らなかったのか。それとも、知っていて見逃したのか。式次第に含まれていなければ「把握していない」と言い切れる。調書の上では、どちらとも取れる言い方だ。宰相の逃げ道が、その一言ににじんでいた。
「殿下のご行為を、法的にどう評価するか」
「王太子といえども、国王陛下の裁可なく婚約を破棄し、他家の令嬢に国外追放を命ずることは、越権行為に当たります。貴族間の契約は、法の下にあり。信義誠実の原則に反する行為がまかり通れば、我が国の法治国家としての信用は地に落ち、他国との条約も無効化されかねません」
正論だ。誰が聞いても、そのとおりだ。
「リリアーヌ・ド・ヴァランシエンヌ嬢が国外追放された場合、国家にどのような影響があるか」
「辺境伯領は、国内の穀物生産高の三割を占めております。不当な理由による令嬢の追放は、辺境伯家の反発を招き、上納金の停止や食糧供給の制限につながり得る。そうなれば王都の食料価格は暴騰し、民衆の不安、ひいては社会不安につながる。また、辺境伯領は隣国との国境を接する防衛の要であります。中央との関係が悪化すれば、国家の安全保障そのものが揺らぐ。国家の存立に関わる問題です」
娘の存在が、国の存立に関わる、と宰相が公に述べている。娘にとっては、これ以上ない後ろ盾だ。私は一瞬、ありがたく思った。
その直後、次の質問と回答が目に入った。
「辺境伯領の重要性について、補足があれば述べよ」
「辺境伯領の穀物生産および国境防衛という重要性は、国家の安定に欠かせない。ゆえに、扱いを誤れば、国家の安定を揺るがし得るものでもある。中央との信頼関係の維持が、双方にとって重要である、と申し上げておきます」
読みながら、私は口のなかで舌を鳴らした。
褒めているように聞こえる。辺境伯領は重要だ、欠かせない、と。だが、「扱いを誤れば」「信頼関係の維持が重要」とは、裏を返せば、我々には国を揺るがす力がある。反逆だって、可能性としてはあり得る。だから、油断するな、とも言っているのだ。
褒めているようで、実は牽制している。宰相は、娘に有利な証言をした。それは国益に沿うからだ。王太子の資質では国が持たない、と内心で見ているのだろう。望んだわけではないが、そうなった方が国がまとまる、と認容した。そのうえで、辺境伯家を、有用だが危険な存在として、この一文に刻み込んだ。
令嬢には恩義はない。利用できる事実を利用し、脅威になり得る存在には、警鐘を鳴らす。
「殿下を事前に制止できた可能性については」
「式次第に含まれておりませんでしたゆえ、制止の機会はなかったと認識しております」
制止の機会がなかった、と。知らなかったことになっている。本当に知らなかったのか。知っていて、止めずにいたのか。調書からは、断定できない。曖昧さが、宰相の逃げ道になっている。
「殿下のご発言の内容について、式の前に側近や重臣に相談があったか」
「私の知る限り、ございません。先に申し上げたとおり、式次第の範囲外であり、事前の共有は受けておりません」
また、同じ逃げ道だ。共有を受けていない、と。
宰相の口からは、王太子を止めなかった理由が、はっきりとは出てこない。
ただ、娘には有利に働いている。それでよい。
しかし、我々を「有用な危険」と見ている以上、油断はできない。
私は聴取記録を閉じ、しばらく机の上に手を置いた。
娘の正当性は、宰相の証言によって、さらに裏付けられた。感謝はする。だが、これから先、国との付き合いでは、慎重にいかねばなるまい。
ひとつ、気になることがある。
あの場で宰相が語った「辺境伯領の危険性」は、娘が引き出したものだ。娘は自分の無実を証明するために、宰相の口から領地の力を語らせた。それは正しい判断だった。
だが、娘はそのことの意味を、どこまで理解しているだろうか。
可能性の話として語られたとはいえ、あの場にいた全員が聞いた。辺境伯家には、中央に反旗を翻す力がある、と。
自分が助かるために、父の領地を「脅し」の材料として使った。その自覚が娘にあるなら、あの子はもう、一角の貴族だ。
なければ、帰ってきたときに、少し話をしなければなるまい。
次の綴りは、卒業式に居合わせた貴族たちの証言だ。あの場にいた連中は、いったい何を語っているのか。私はその表紙を開いた。
お読みいただき、ありがとうございました。
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