128 不穏な手紙
大変遅くなりました!
年度末から年度始めの忙しさでバダバタしておりました。
また連載頑張ります。
なんだか困ったお手紙を受け取りました。サラナ・キンジェです。ごきげんよう。
色々ありましたが無事、デビュタントを終えました。
これで私も成人の仲間入り。『サラナチャンミセイネンダカラワカラナーイ』などという逃げ道は完全に塞がれるのです。ほほほ。
こちらの世界では前の世と違って、大人と子ども境界線は明確だ。前の世では成人式を迎えても、まだ親の庇護下にあるのが一般的だから、就職するまでは子ども気分が抜けなかったけれど、こちらでは成人するときっちり責任が伴う。平民ならば成人前から独立準備を始め、成人後は親元を離れ働き始めるし、貴族ならば後継ぎは家の仕事を担い始め、結婚する人もちらほら出てくる。まあ、大概は学園を卒業するまでは待つみたいだけど、家の事情で学生結婚する人も珍しくはない。
私の場合、既にドヤール家の事業を手伝っているので(手伝いですよ、私はあくまで手伝い)、お仕事に関しては成人前と成人後の違いはあまりないのだけど、今まで免除されていた社交はしっかり始まりました。伯母様のお手伝いで茶会や夜会やドヤール家の派閥間のお付き合いなどなど。
うふぅ。伯母様とお母様の社交手腕が凄すぎて、あのレベルに到達できる気が全くしないわ。でも伯母様は『サラナが将来、ラカロ子爵家を継ぐ覚悟を決めているなら、こちらも遠慮しないわ』と全く容赦をしてくださいません。うう。お婿に来てくれるアルト会長の為に頑張りますけど。お手本にすべき淑女のレベルが高すぎて、自分が矮小な存在に感じるわぁ。
さて。王家とカルドン侯爵家の合同茶会を間近に控え、ドヤール家は大忙しだ。ええ、合同茶会のお手伝いは続行ですわ。デビュタントの夜会で王家が色々とやらかしてくださいましたが、当初の契約よりも多めの報酬を分取って、続行となりました。ちなみに、ドヤール名義の鉱山がいくつか増えたのと、丸石の優先確保と大幅値下げで手を打ってやったそうです。交渉に来ていた王宮の文官さんたち、私の専属秘書にコテンパンにやりこめられて、ちょっと泣いてました。
合同茶会と同時並行で婚約式の準備も進めているので、まさに猫の手どころか足でも尻尾でも借りたいほどの大忙しなのだけど。そんな最中に、困惑するようなお手紙がドヤール家に届きました。困惑。ええ、そうとしか言えない手紙だわ。
一般的に、婚約するとなると避けては通れない手続きというものがあるのだけど。
あ、前の世で良くあった、『娘さんをください』『お前になど大事な娘はやらん』とかではないですよ。なにより、ウチのお父様はアルト会長のことを『いい婿だ』と絶賛しているのでそんな形式美なイベントは起こるはずもないのだ。
え? 毎日の様にドヤール家から『サラナは嫁にはやらんぞ』というお祖父様の怒鳴り声が聞こえるですって? まあオホホ。あれはお祖父様流の『こんにちは』という挨拶みたいなものだ。殺気を漲らせているお祖父様はとても迫力があるけれど、アルト会長はニコニコと平気そうなので、危険な事なんて何もありませんよ。たぶん。
避けて通れない手続きというのは、アルト会長のご実家へのご挨拶だ。
いくら私とアルト会長の気持ちが盛り上がっていても、私たちは貴族の端くれ。前の世のように、当事者の合意があれば何時でも結婚できるわけではなく、そこは家と家とのつながりも当然のようについてくるもので。まあ、前の世でも当事者の合意のみで結婚できるといいながら、漏れなく家同士のお付き合いは付いてきたけどね。私は生涯お一人様だったのでそんな経験はなかったけれど、結婚した友人たちからは嫌というほど舅、姑、小姑、親戚との付き合いの面倒臭さを散々愚痴られたから、知識としては知っていた。
口にははっきりと出さないけど、アルト会長は実家へのご挨拶に全く乗り気ではないみたいだった。まあ、しないわけにはいかないと、本人も分かっているようだけど。アルト会長は実家から独立しているので、結婚するのに当主の許可なんていらないけれど、実家に何の断りもなく勝手に籍をいれるのは、貴族社会では非常識だと言われるのですよ。貴族は何より家を大事にするもので、当主にも知らせず籍をいれるなんて、本人に何か問題があるのではと他家から勘繰られたりするのだ。いくら不仲でも、建前として知らせだけはしなくてはいけないのだ。無視されたとしても、『連絡はした』という事実が必要なのだ。
そういうわけで。アルト会長とサース家へのご挨拶の段取りを相談していたところ、このお手紙が届いたのだ。
伯父様とお父様、ルエンさんと私は、そのお手紙をなんとも言えない気持ちで取り囲んでいた。
「随分と、世慣れていないみたいだねぇ」
「格上の貴族家に送る文章ではありませんよ。自殺願望があるのでしょうか?」
お父様が面白そうに仰るのに、ルエンさんは呆れ返っていた。伯父様は、キリッとした顔をしていますが、この顔は何も考えていませんね。たぶん、興味がないのでしょう。最近のドヤールには色々なお誘いやら嘆願やら要請やらのお手紙が届くので、見飽きているのかもしれないわ。ちょっとそわそわしているから、逃亡しないように気を付けなくちゃ。
「これはしかし……。アルト会長、苦労したんだろうねぇ……」
みなで取り囲んでいた手紙は、アルト会長の実家のサース商会から届いたものだった。
サース商会。以前、書籍の取引をしているジョーグルー商会の会長がポロリと世間話に漏らしたアルト会長の生家が営む商会だ。あの時、アルト会長の絶対零度の対応をされたせいか、ジョーグルー会長はアルト会長とお話しする度に、緊張するようになってしまった。怖かったものねぇ、あの時のアルト会長は。
そのお手紙はルエンさんの仰るように、貴族家に送るにはあまりにひどい出来だった。
飾り気のない薄い封筒。同じく、飾り気のない便箋。貴族家から届くお手紙で、こんな簡素なレターセットが使われているのを見たのは初めてだわ。質もあまりよろしくないし。
封蝋には家紋が捺されているけど、失敗したのか欠けている。ええっと。家紋が欠けても気にならないのかしら。普通は捺し直すものだけど。文章もひどい。間違えたのか、所々、インクで黒く塗りつぶしている箇所がある。間違えたら普通、書き直すのが常識なのだけど。
他にも、冒頭の時候の挨拶の季節が違う、誤字脱字どころか、文章が唐突に途切れている。締めの挨拶が普通は親しい人にしか書かないようなフランクなもの。たぶん、手紙の書き方の教本か何かをちょこちょこと引用したのでしょうね。内容とチグハグだもの。
それ以上に、文章全体が、読むのに苦労する物凄いクセのある筆跡で書かれている。これだったら孤児院の子たちの方が、まだ上手だわ。あの幼い4歳児だって、もうちょっと綺麗な字を書くのに。
あの子ってば、最近、フェム君の字のお手本を務めるようになって、ますます頑張っているのよね。やっぱり下の子が出来ると張り切るのかしら。『いいか、フェム。まっしゅぐ書くんだぞ』なーんて一丁前に教えて、それにフェム君が舌ったらずな口調で『あい! しぇんぱいっ!』ってお返事するのが可愛いのよ。あの2人ならいつまでも見てられるわ。お針子さんたちからも可愛い〜って、密かに観察されている。気持ち分かるわー。
あらいけない。思わず現実逃避をしていたわ。
でも、便箋や文字以上に、手紙の内容が余りに酷かったから。つい。
「サース商会は、主にワインや食料品を取り扱う商会と記憶しているが。持参金代わりに、食品関係の事業の売上をすべて渡せなんてねぇ。何をどう考えたら、こういう図々しい話になるのか……」
お父様がしみじみと呟く。激しく同意だわ。
ドヤール家が展開する食品関係はそれこそ多岐に渡る。レシピや調理器具だけでなく、こもれび亭のコンサルティング料とかも含めると、ねぇ。私の貯金残高が恐ろしい額になっている事からも察して欲しいぐらいよ。老後資金にしたら何百年持つのかしらってぐらいの額なのよ? 私の取り分であれだから、総利益がいくらになるのかしら。それを全部寄こせって、いくら親戚になる誼といっても、図々しすぎるわ。
それに。細かい事を言えば、アルト会長はラカロ家への婿入り予定なので、持参金というならば準備するのは婿入りする側なのだけど。いらないけどね。それはさておいて。
「その上、サース家へ婚約の報告が遅れた分、延滞金を払えなどと。何を考えているのでしょうか」
ルエンさんが怒りを通り越して脱力していた。うんうん、気持ちは分かるわぁ。私も前の世で話が通じない顧客を相手にした時はそんな感じで力が抜けたもの。理不尽な要求をしてくれる客を相手にする労力って計り知れないのよね。その割には成果なんてほぼないし。
「ねぇ、ルエンさん。もしかしてとは思うけど、サース商会とどこかでお取引をしていた、なんてことはないわよね?」
延滞金なんていう、余りに具体的な堂々とした主張に、私はついつい心配になってしまった。実はお取引をしていて、未払いがあったとか……。
「ございません。食品を扱う商会とのお取引はべムス商会を通して数多ありますが、サース商会とだけは、お取引は避けておりますから」
アルト商会の食品部門を一手に担うべムス商会の名をあげ、きっぱりと断言するルエンさん。あらまぁ。もしかしてサース商会について調査済みですか、そうですか。ルエンさんがそう仰るなら、例えば別の商会を仲介してとか、下請けでとかのお取引の可能性も完全に排除しているのでしょう。
「じゃあ、本気で婚約の報告が遅れたから延滞金を払えと言っているの? 」
ざ、斬新な請求だわ。私は思わず手紙をマジマジと読み返す。うん、見間違いじゃないわね。
4人で手紙を見ながら、大いに呆れ、困惑していたら。侍女さんが、アルト会長の来訪を告げました。あらー。いいタイミングと言っていいのか、微妙だわ。
アルト会長が、私たちのいる部屋に通され。テーブルの上の手紙を見て、そのまま膝から崩落ちた。あらま。
「やはり……。こちらにも」
心底疲れ切った声をしていますけど。大丈夫かしら。アルト会長の手には、テーブルの上に載っているのと同じ封筒が。そうですか、アルト商会にも届いていましたか。
お手紙の内容を確認したら、宛先が違うだけで、ほぼ同じ内容でした。ほほほ。時候の挨拶から誤字までそのままでしたわ。
「申し訳ありません。以前から阿呆な要求ばかりしてくるので、返事もせずに放置していたのですが。業を煮やしてこちらにまで送ってきたのでしょう。……きっちり潰しておけばよかった」
後半は小声でしたがばっちり聞こえました。冗談ではなく本気度100%です。アルト会長、落ち着いて。お相手はご実家ですわよね?
「ええっと。これは、アルト会長のご家族からの手紙で、間違いないのかな?」
「ええ、そうです」
お父様が穏やかにアルト会長にお尋ねになりましたが、アルト会長は短くそう返事をしただけで詳細を語ろうとしなかった。いつもと違って、全然こちらを見てくれない。以前に見た、頑なな表情。何故だか拒絶されているみたいで、ギュッと胸が痛くなった。
「これは、私の方で処理させていただきます。皆様はお気になさらないでください」
アルト会長はドヤール家に届いた手紙を手に取り、淡々とそう告げる。私とは視線も合わないまま、出て行ってしまう。こんな事初めてだ。口を挟む隙も無かった。
「……根が深そうだねぇ」
お父様がため息交じりにそう仰るのに、私は頷く。アルト会長はご実家関連の事には触れて欲しくないようなのは感じていたけど、あそこまで顕著に壁を作られるなんて。
「私の方でお調べしたことを、報告した方がよろしいですか?」
ルエンさんが躊躇いがちにそう言ってくれたけど。ええっと。とても気になるけど。私は首を振った。
「いいえ。いいの、ルエンさん。アルト会長に聞くわ」
そう言って、私がアルト会長の後を追おうとすると。
「……サラナ。無理に聞き出してはいけないよ」
お父様に静かに言われ、私は微笑む。
「分かっています、お父様。心配しないで」
私はアルト会長が好き。アルト会長も私が好き、でいてくれると思う。
でも、好きだけで、全てが共有できるわけじゃない。お互いに全く違う人生を生きて来て、それぞれに歴史があるし考え方の違いもある。たとえ恋人や夫婦であっても、踏み込んでほしくないテリトリーというものはある。『貴方の全てを理解したいの』なんて好意を振りかざして、そこにずかずかと無遠慮に踏み荒らす気は無い。
でも。
手紙を見た時、アルト会長が一瞬浮かべた、怯えた様な、諦めた様な表情。
寂しそうで、それでいて哀しそうな顔。
「あんな顔している人を、1人では放っておけません」
たとえ何も話してくれなくても。傍にいることぐらいは出来るから。
そう思って、私はアルト会長の後を追ったのだ。
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