127 お友だちは見た! イリスとマーヤの落胆と幸運
書く予定はなかったお友だち視点。
今後もちょくちょくと出てくる(予定の)2人。
「……ねえ、マーヤ」
「……言わないで、イリス。期待していた分、本当にがっかり」
「自分で言っているじゃない」
憧れのトーリ殿下とのダンスを終えた後、イリス・カーメルとマーヤ・コックスは、特に示し合わせたわけでもなく、会場内で自然と合流していた。
イリスとマーヤは、カーメル子爵家とコックス男爵家の領地が近く、子爵家と男爵家で爵位は違うが、領地は田舎で家格も同じぐらい、両親同士もお隣さんということで仲が良く、子どもである2人も幼い頃からよく顔を合わせていたので、親友や姉妹といっていいほど仲良しだった。
そんな2人はその年頃の令嬢たちの例にもれず、揃って美貌の王弟殿下に憧れていた。イリスたちぐらいの令嬢は、身分の高い低いに関係なく、一度は皆あの美しい王弟殿下に見初められたらなんて妄想をするものなのだ。
だから栄えあるデビュタントのダンスのお相手が、憧れの王弟殿下に決まって、イリスとマーヤは狂喜乱舞した。今年はデビュタントの令嬢が多く、陛下と王弟殿下のお2人がダンスのお相手をしてくださることになったのだが、婚約者のいない令嬢たちに人気だったのは、やはり王弟殿下だった。
イリスとマーヤもダメもとで王弟殿下とダンスを希望すると王家の使者には伝えたけれど、競争率が激しいので家格の低い自分たちは無理だと思っていたのだが、結果は2人とも王弟殿下と踊れることになった。2人はそれぞれの母親からデビュタントに向けて、徹底的に淑女としての振舞いを再教育されたけれど、それすら苦にならないぐらい嬉しかった。だって、あの素敵な王弟殿下と踊れるのだ。
だけど。そんな憧れダンスだったというのに、2人はとてもガッカリしたのだ。
「王弟殿下、何を話しても、ずっと上の空だったわ」
マーヤがそういうと、イリスは溜息と共に頷く。
「私は名前を間違えられたわ」
「うっわ、酷い。なにそれ、失礼過ぎない? 」
マーヤが怒るのに、イリスはしょんぼりと頷く。いくら麗しの御尊顔でも、ソレはない。女性に対する礼儀というか、そもそも名前を間違えるなんて、体面を気にする貴族相手に喧嘩を売っているようなものだ。名前を間違えられて恥ずかしかったし悔しかったけれど、相手が王族だから文句も言えず、イリスは引きつった笑いを浮かべて冷静に訂正するに止めた。
「それに気付いた? 踊っている最中、チラチラどころかサラナ様を凝視なさっていたわよ」
イリスの言葉に、マーヤは大げさな程頷く。
「そうなの! 私が殿下と踊っている時、サラナ様と陛下も踊っていらしたでしょう? サラナ様の方を気にして、ステップは間違えられるし、ターンのタイミングもおかしいし、つま先を踏まれるし。もう、合わせるの大変だったんだから!」
「ええ。見ていてハラハラしたわ。頑張ったわね、マーヤ」
イリスは慰めるようにマーヤの肩を叩く。自分と踊っている時も、王弟殿下はこちらを気遣う素振りすらみせずに勝手に踊っていてイライラしたが、マーヤとのダンスはそれに輪をかけて酷かった。必死に王弟殿下に合わせて踊るマーヤが、気の毒に思えたほどだ。
「トーリ殿下。素敵な方だと思っていたけど、アレはないわぁ。そりゃあ、サラナ様は子爵令嬢にしておくのは勿体ない程、洗練された方ですもの。目を惹かれるのはしかたないとしても、踊っている最中に他の女性を気に掛けるなんて、マナー違反が過ぎるわ」
「アルト会長のスマートさを見た後だと、余計に酷く感じたわ。ああもう、折角のデビュタントだったのに。これなら陛下と踊った方が、良い思い出になったわ」
2人はしょんぼりと肩を落とした。楽しみにしていて、家族一丸となって物凄く準備も頑張った一生に一度のデビュタント。そのメインイベントが、こんな散々な結果になって落ち込むなという方が無理だ。
だが、そんな彼女たちのデビュタントの思い出は最悪なままでは終わらなかった。あの最悪なダンスを挽回するぐらい、素敵なことがあったのだ。意外なモノのお陰で。
「このカードのお陰で、すっごく交友関係が広がったわ!」
「そうなの! あまりお話したことのない人からも、お声を掛けていただいたの! 」
興奮して2人が握りしめていたもの。それはアルト会長からもらった『名刺兼紹介カード』だった。『名刺兼紹介カード』は、表には商会名と商人の名が記されており、裏には客の名前が書かれていて、来店した客はこのカードを渡すだけでスムーズに商会でのサービスを受ける事が出来る代物だ。
最近では有力な商会の重要な役職の者から『名刺兼紹介カード』をもらうことが貴族たちの間で一種のステイタスとなっていた。『名刺兼紹介カード』は、今話題のアルト商会が始めたのものであり、彼の商会では本当に特別なお客様にしか渡されないため、沢山の貴族たちがアルト商会のカードを手に入れようと躍起になっていた。
そんなアルト商会の商会長から直々に渡されたカードだ。アルト会長はそれほど社交の場に出ておらず、商会長のカードを持つ者は数限られている。サラナたちとのやり取りを幾人かが目にしていて、カードを渡されたイリスやマーヤは、ひそかに注目されていたのだ。
デビュタントの夜会には、将来のお相手を探すために若い令息たちも多く参加している。イリスもマーヤも『名刺兼紹介カード』のお陰で注目を浴びたせいか、将来有望そうな令息たちの目に止まり、声を掛けられたのだ。イリスもマーヤもいずれは嫁入りをする予定で、学園に入学したらお相手を探す予定だったが、領地も王都から離れていて出会いの少ない子爵家、男爵家の令嬢にしてみたら、入学前にこんな風に様々な家の令息と知り合えるのは、本当にありがたい事だった。学園に入る前に顔つなぎが出来た事で、今後の婚活にも十分活かせるだろう。
憧れの王弟殿下とのダンスは夢にみていたようにはいかなかったけれど、他の貴族家といい縁がつなげた事は十分プラスだったと、イリスとマーヤはキッパリ割り切ることにした。そうでなければやってられない。
「それにしても、サラナ様のダンス、素敵だったわねぇ」
「他の高位のご令嬢と同じぐらい優雅だったわぁ……」
自分たちの散々だったダンスを忘れるかのように、イリスとマーヤはうっとりと思い出す。
今年のデビュタントの夜会では、10名の令嬢がそれぞれの王族男性と踊ったが、中でもサラナは多くの注目を浴びていた。高級な絹をふんだんに使った美しいドレス、小ぶりだが品の良い装飾品。派手さはないがサラナの美しさを十分に生かした装いは、嫌でも人目を引いていた。意地悪な令嬢たちに悪意をぶつけられてもふんわりと笑って流す様子も、淑女らしくて格好良かった。
そして、ダンス。淑女にとってダンスはいずれ夫人として社交を担うための必須技能ではあるが、サラナのダンスは高位貴族である侯爵家のご令嬢たちと遜色ない優雅さで、皆の注目を掻っ攫っていた。
「陛下とのダンスも素敵でしたけど、やっぱり……」
「アルト会長とのダンスでしょう? 分かるわぁ」
イリスがため息と共に呟くのに、マーヤは勢い込んで頷く。アルト会長とのダンス、陛下とのダンス、サラナはどちらも完璧だった。綺麗に伸びた背筋、足の運び、ドレスの美しい翻り方まで意識した動き。だけど儀礼的な陛下とのダンスとは違い、アルト会長とのダンスは、まずサラナの表情が違った。踊っている間、心の底から嬉しそうで、それでいて恥ずかしそうな、何ともいえない可愛らしい色香の漂っていたのだ。対するアルトは、それはもう蕩ける様なやさしい顔でサラナを見つめていて。傍から見ているだけで、こちらまでむず痒くなるような気分にさせられた。
「メロメロだったわね、アルト会長。周囲への牽制も半端なかったわ」
「溺愛よ、溺愛。物腰柔らかな紳士で、どんな美人にも全然靡かないって有名なのに。サラナ様へのあの独占欲。ギャップが凄いわ」
噂話程度でしか聞いたことがなかった難攻不落の商会長の意外な一面に、夢見るお年頃のイリスとマーヤはきゃぁきゃぁと華やいだ声を上げる。
「私も、いつかあんな素敵な婚約者が欲しいわ」
「それにはサラナ様ぐらい素敵な令嬢にならないと」
「ぐぅ、無理。イリス、夢ぐらい見させてよ」
「でもあれぐらい素敵な女性じゃないと、あの会長の隣に立つのは無理よぅ」
「たしかに」
イリスとマーヤはコクコクとお互いに頷き合う。アルト会長は物凄く美形というわけではないが、どこか洗練された魅力があって、目を惹くのだ。そんな人の隣に立つのは、平凡な女性では務まらないだろう。サラナぐらい素敵な女性じゃないと、いや、サラナじゃないとダメだと、出会ったばかりなのに、2人は謎の確信を持っていた。
「またサラナ様とお会いできるかしら」
「難しいとは思うけど、お会いしたいわね。次の夜会でお目に掛かれるかしら」
遠目に華やかな(迫力のある)ドヤール家を見つめて、イリスとマーヤはほぅっと溜息を吐く。弱小子爵家と男爵家の令嬢が、今を時めくドヤール家と易々と近づけるはずもないが、家の関係だとか利益がなくても、気さくで可愛らしいサラナとまた会いたいなぁと、イリスとマーヤは思うのだ。だってなんだか、とても仲良くなれそうな気がしたのだから。
そんな事無理よねと、イリスとマーヤは諦め半分に笑っていたのだが。
夜会が終わって、王都見物でも楽しんで領地に戻ろうかと思っていたイリスとマーヤの元に、サラナからのお茶会の招待状と、アルト商会からの直々の招待状が届き。イリスやマーヤも、なんならカーメル子爵家もコックス男爵家もギャーッと喜んだり驚いたりしていたけど、なんだかんだでサラナと仲良くなって、ドヤール家とのお付き合いが始まり。
そのお陰でカーメル子爵家もコックス男爵家も寄親である貴族家に喜ばれ、イリスとマーヤには寄親が選びに選んでくれた良い縁談が次々と紹介してくれて。その中でも2人は、優しくてイリスやマーヤを大事にしてくれる婚約者を得る事になるなんて。
この時のイリスとマーヤは全く想像もしていなかった。
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