126 その頃のドヤール家
デビュタントの夜会でドヤール家の皆さんが大人しかった?理由です。
デビュタントの夜会にて。セルトは機嫌よく、アルトとサラナを見守っていた。
「ふふふ、頼もしい婿殿だ。あの宰相閣下相手でも一歩も引かないどころか、圧勝したようだな」
楽し気なセルトに、カーナが思わずプッと噴き出した。
「ん? どうかした? カーナ」
不思議そうに妻を見つめるセルトに、カーナは笑いながら言う。
「ふふ。貴方って本当に、アルト会長がお気に入りなのね」
「おや。君だって気に入っているだろう?」
揶揄う様にセルトに謂れ、カーナはふふふと含み笑いをする。
「勿論よ。アルト会長は、本当に細やかにサラナを気遣ってくださるもの。夜会であんなに力を抜いているサラナは、初めて見たわ」
カーナは幸せそうにアルトに寄添うサラナに目を細める。表情をみれば、サラナがどれほど幸せで安心しきっているか分かる。
本来ならばあれが正しいエスコートなのだ。交渉では男性が矢面に立ち、女性は細やかなフォローに徹する。お互いに苦手な分野は補い合い、支え合う。
だが以前はこんな光景は見られなかった。ユルク王国に渡る前、ゴルダ王国でサラナは未成年ながら頻繁に夜会に出ていたが、サラナを守るべき婚約者はまともにエスコートもせず、放置していた。
「前の婚約者は、夜会の準備を全てサラナに丸投げした挙句、当日はエスコートもせずに放置して、功績だけは自分のものでしたからねぇ。ほんと、なんの益もない害虫だったわ」
穏やかな笑みを浮かべながら毒を吐く妻に、セルトは苦笑したものの咎めることはなかった。仮にも隣国の王子に向かって害虫呼ばわりはどうかと思うが、そう言われても仕方がないほど、あの男はサラナを蔑ろにしていたのだから。
ちなみにその害虫は、サラナを婚約破棄したあと。恋仲になった平民の聖女とやらを娶ったはいいが、その聖女共々国内外で色々とやらかしていて、彼自身の王族としての立場だけでなく、ゴルダ王家の評判すら下降させているらしい。キンジェ領主時代の仲のいい知り合いからそんな愉快な噂を聞いて、セルトは密かに溜飲を下げていた。
アルトとサラナは、卒なく社交をこなしていた。大半は、アルトと取引をしたい客たちとの交流だったようだが、特に問題もなく、それどころかサラナは客たちとの会話を楽しんでいるようにみえた。
「おや、あれは控室でサラナを気遣ってくれた令嬢たちだね。ああ、仲良くなれそうだ」
楽し気に令嬢たちと談笑するサラナに、セルトは嬉しくなった。同年代の友人をなかなか作れずにいた娘を、セルトは密かに心配していたのだ。
「……少し心配だったけど、アルト会長の言ったとおりにしてよかった」
カーナがそう呟くと、セルトは同意するように頷いた。
「お父様は最後まで心配なさっていたけど。アルト会長の説得に、最後は何も言えなくなっていたわねぇ」
「義父上は、サラナを可愛がっているからねぇ」
カーナの言葉にその時の事を思い出したセルトは、苦笑いを浮かべた。
夜会が始まる前。ドヤール家はサラナの社交は必要最小限で止めて置こうと決めていた。サラナの周囲をドヤール家で固め、不用意に客たちとは接触させず、悪意から守ろうと。ドヤール家が本気で守れば、誕生会の時の様にサラナを傷つけるようなことは起こらないだろう。そう思っていた。
だがアルトは、サラナを守り過ぎるのはやめてほしいと言い出したのだ。
ドヤール家の面々は勿論、難色を示した。サラナは厄介な相手に目を付けられているだけではなく、その有能さが貴族の中で知られるにつれ、いくつもの縁談が舞い込んでいた。まだそれほど数が多いわけではないが、目端の利く者は虎視眈々とサラナを手に入れようと狙っている。中には、強引な手段を取る者がいるかもしれない。
サラナは、しっかりしているようがとても繊細だ。長年、心無い婚約者に『賢しい』『可愛げがない』などと刷り込まれたコンプレックスのせいで、自分は男性から愛されるはずがないと思い込んでいる。そのせいで、男性から理不尽に扱われても、仕方がないと受け入れてしまうところがあった。
そんなサラナがこれ以上傷つかない様に、自分を諦めて犠牲にしないように。ドヤール家でサラナを囲い込み、守ってしまった方がいいだろうと考えていた。これまでの様に領地に籠れば、無理に社交を熟す必要はない。
だが、アルトは、それではサラナの為にならないと主張した。そんな事を、サラナは望んでいないと。
ドヤール家はアルトの意見に初め、難色示した。特に、バッシュの反発は大きかった。バッシュは可愛い孫娘が、幸せな筈の誕生日会で浅はかな男に傷つけられるのを目の当たりにしていた。あの時のような悲しい思いを、二度とにはサラナさせたくないと思っていた。
「小僧! 我らがサラナを守らずしてどうするというのか! ワシは、サラナを二度と辛い思いをさせるつもりはないぞ!」
バッシュが恐ろしい目つきでアルトを睨みつけるが、アルトはバッシュから決して目をそらさず、静かに告げた。
「サラナ様を守り続けるのは簡単です」
アルトにだって、サラナを全ての外敵から守り切るぐらい出来る。身分的にはほとんど平民に近いアルトだが、高位貴族であろうと臆することない胆力と、如才なく立ち回れる頭の切れ、そしてそこらの貴族では太刀打ちできない程の、有り余る財力がある。最悪、どうしても避けられぬ敵が現れたら、全てを捨ててサラナを連れて逃げる覚悟もあった。
「ですがそれでは、サラナ様を守りという狭い籠に閉じ込めてしまうことになる。彼女はとても勇敢で前向きな人です。たとえ傷つくことがあっても、沢山の人と出会い、色々な経験をしたいと、いつも目を煌かせている。誰かの助けになるなら、喜んで手を差し伸べたいと思っている。私はそんな彼女と一緒に、人生を楽しみたいのです」
そう言われ、ドヤール家の面々は気づいた。ドヤール家にとって、サラナは庇護すべき対象だった。とくにゴルダ王国で辛い目に遭ってきたサラナを目の当たりにしてきたセルトとカーナは、今度こそサラナを守り抜こうという気持ちが強かった。
だがアルトは違った。サラナを自分と対等に扱っていた。サラナを一方的に守るだけではなく、互いに支え合い、共に歩く伴侶としてみていたのだ。
「皆様から見て、サラナ様の隣に立つのが私の様な若輩者では、心もとないとは思いますが。どうか、静かに見守っていてくださいませんでしょうか」
真摯に頭を下げて願うアルトに、バッシュは既視感を感じた。
かつてセルトが、カーナを連れてゴルダ王国へ帰った時に。
ジークがミシェルを娶り、正式に辺境伯家を継いだ時に。
このアルトと同じような目をしていたと。バッシュは思い出したのだ。
こんな風に覚悟を決めた男に、どうして口出しなど、できるだろうか。
「………………危険があれば、手出しするからな」
苦虫を百も噛みつぶしたような顔をして、バッシュは不承不承頷いた。
「その時はよろしくお願いします、バッシュ様」
ニコリと微笑むアルトに、バッシュは顔を顰めた。
「小僧、やはりお前は気に食わん!」
何が何でも自分が守り抜くというのではなく、バッシュたちの手を借りる必要がある時は、プライドなど捨てて躊躇いなく頼って来るであろうアルトの潔さに、バッシュはギリリと歯を食いしばる。そんな卒のない所も気に喰わない一因なのだ。否、孫娘を攫って行く男だと思うと、何もかも全部気に喰わない。
「アルト会長、君は一人ではないよ」
セルトはアルトの肩をポンと叩いて、微笑んだ。
「私の娘は、妻に似てとても勇敢だ。君の言う通り、共に戦う事を選ぶだろう」
カーナが笑いながら、夫の傍に寄添う。
「夫に似て頭が切れるから、きっと貴方の役に立つと思うわ」
アルトはそれを受けて、微笑む。
「ええ、とても魅力的で、片時も目が離せません」
「小僧! 親の前で堂々と惚気るな!」
難癖をつけたいバッシュが最後まで吠えていたが、セルトたちは穏やかな気持ちでアルトの提案を受け入れる事にしたのだ。
そうして迎えた夜会では。セルトたちは王弟殿下やその周囲の者たちの牽制をしつつ、裏方に徹することにした。サラナに近づく者の積極的な排除はアルトに任せ、その分、周囲へアルトとサラナの仲を喧伝したのだ。
まだ正式な婚約を躱す前なので、直接的な表現は避けたが、『頼りになる相手にサラナを任せられて安心だ』とか、『似合いの2人で相性もピッタリだ』という言葉を、社交の最中に折々混ぜれば、皆は「ドヤール家で近々慶事があるだろう」と自然と思ってくれて、祝いの言葉までくれたのだ。
途中、ダイアナたちがサラナたちに介入することがあったが、それも王弟殿下の側近たちが常識外れな行動を取ったからだ。その時もアルトはすんなりとダイアナたちを受け入れ、静かに身を引いていた。恐ろしいほど状況判断が早い。
国王がこちらの想定以上に王弟殿下に甘く、サラナと王弟殿下がバルコニーで2人きりなんて事態になり、ドヤール側も一瞬焦ったが、サラナが上手くあしらったようだ。いや、途中、荒ぶるバッシュたちを抑えるのが大変だったが、何とか流血沙汰は免れた。これは穏便にすんだといってもいいだろう。サラナが容赦なく無自覚にアルトとのことを惚気たお陰で、今度こそ王弟殿下の気持ちはぽっきりと折れたようだし。うん、やはりサラナは親の自分たちが思っていた以上に強かったようだ。
「本当に、サラナはいい婿に恵まれたねぇ」
「その言葉、何回目ですか」
クスクスとカーナに揶揄われても、セルトにはちっとも気にならなかった。
ただただ。最愛の娘が相応しい伴侶を得た事が、嬉しかったのだ。
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