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将棋は恋愛流、恋は泥沼流 〜深浦邦雄の盤外戦術〜  作者: いのりん


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7. そこには結構な勝手読みが入っていて

 あの日、羽生飛鳥は分かっていた。


 嘘告白なんて、絶対にしてはいけない事だと。


 あの時、あの場にいた誰よりも思慮深かった飛鳥。やられた相手がどう思うのかも、深く傷つくであろうことも分かっていて……それでも、彼女は「やめよう」と強く主張することができなかった。


 空気を壊したくなくて?

 罰ゲームを受ける立場だったから、期待を裏切るのが申し訳なくて?


(それはある。でも……本筋じゃない)


 自分が嫌だと言えばそれで終わったはずなのに頷いてしまったのは結局のところーー


(私は、『責められるのが怖かった』んだ)


 その結果、嘘告白される相手の気持ちよりも、その場の空気を優先してしまった。間違っていると分かっていたのに、それでも止めることができなかった。


(あくまでも自分の都合でーー最低だ)


 そして、何より最低なのは


(あの日、深浦君に指摘されるまで自分が最低だった事にすら気づけなかった……目を逸らしていたんだ……)


 あの後、教室に残った男子達はひたすら深浦邦雄の悪口を言っていた。羽生にあんな酷い事を言うなんて最低な奴だ、なんて正義の味方ぶって。


 しかし、羽生飛鳥は思慮深い。

 故に自己欺瞞や他責が出来ない。


(それで、クラスから無視されて浮いてしまったのに堂々としていて……私の事を慮って和解しようとまで言ってくれた)


 飛鳥は思う。

 彼は、自分達よりずっと大人なんだと。


(やっぱり、将棋のプロとして活動してるからなのかな。凄いなぁ……)


 クラスメイトは知らない事だが、彼女の父親は二流のプロ棋士で深浦のデビュー戦の相手でもあった。そして、珍しくネット中継される事になった父の対局を見た事で飛鳥は深浦の事を認知していたのである。


 彼女にとって、父親は尊敬する存在だ。


 物静かだが理知的で、ここぞと言う時決断力があるから。まあ、かつて母親から、『学校でいじめられていた自分を助けてくれたのが父で、そこから恋愛に発展した』という話を聞いたことも影響している。


 そんな父親と、堂々とした勝負を繰り広げていた深浦の人となりについて、以前から気になってチラ見してはいたのだ。


 ちなみに陽キャ男子の橋上は羽生飛鳥の事が好きで、彼女の目線の先に深浦がいる事にも気づいていた。『アイツはやめて村上にしとこう』なんて嘘告白のターゲットを変更させようとしていたのには、そんな事情がある。


 そんな深浦への興味が、今回の件で敬意に変わった。

 そして、少しでも彼のような強い人になりたいと思った。


 幸い、『自分は変わりたい。その一歩としてまず彼に謝りたい、あれは自分が悪かったのだから』と言った時、女子グループの面々は賛成してくれた。


 そうだよね、冷静に考えたらアレは私達が調子に乗りすぎてたわ、と。


 のみならず、「飛鳥って実は深浦君のこと気になってるっしょ。気弱な自分を変えたいなら、お昼ご飯一緒にどうって誘ってみたら?」なんて背中を押してくれた。


 それは流石に……と思ったが、自己保身ばかり考えてしまう弱気な自分を変えるにはそれくらいの荒療治が必要なのかも知れない。


「ふ、深浦くん。もし良かったら……これから一緒にお昼食べませんか」


 精一杯の勇気を振り絞り、勝負手を放った。


 あんな事があった後だし、振られる可能性の方が高く、その時はすごく悲しい気持ちになるだろうが……今の自分には傷つく事を承知で戦う事が必要だと思ったから。


「いいよ、でもクラスでは人目があるから別の場所で食べようか」


 結果はまさかのOK。

 彼女にとっては天にも昇る心地だった。



 そして、将棋部の部室で『何かをかけて戦った事がない』というコンプレックスを打ち明けると、真剣勝負をしようと提案してきた。向こうには何の得もないのにだ。


 その内容は驚くべきものだった。


「だ、脱衣将棋!?」


 流石にそれはちょっと、とも思ったが彼は六枚落ちという凄まじいハンデをつけてきた。

 父の正体とこちらの棋力を見抜いた上でだ。


 だって彼は自分の父を凄く強いと言い、だが自分の方が少しだけ強いと言っていた。父をその辺のアマチュアだと思っているなら流石に謙遜が過ぎる。


 普通にやれば飛鳥が負けることは絶対にない勝負で、しかし彼は真剣に指してくれた。そして『真剣勝負』と『勝つ経験』を与えてくれたのだ。プロの指導対局なんて、本来は凄くお金もかかることなのに……


 そして自ら重大なハンデを背負った当然の帰結として深浦邦雄は負けて、約束通り服を脱いだ。意外と鍛えられていて腹筋が割れている。そういえば、父も棋士の職業病である腰痛予防と脳のリフレッシュのため、定期的にジムに通っていた。


「す、凄い……」


 胸がすごくドキドキする。


 それは絶対に負けられない勝負に勝った余韻か、はたまた別の理由によるものか……




 ちなみに、羽生に恋愛経験は無い。

 そして自己主張が弱い彼女は、同年代に比べて心の声も小さかった。


 今だって、深浦邦雄に抱いている気持ちは恋愛感情というよりは敬意という意味合いが大きい……と、少なくとも本人はそう思っている。


 しかしこの先、『どうせなら振られるまで好き勝手やったろ』精神でガンガン絡んでくる深浦に対してどうなるかは……まだ誰にも分からない。

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― 新着の感想 ―
(そう言えば、「その野球小僧~」のページ下部に付けてるリンク、「プティ」からこちらにしてみるのも良いのでは? 完結したことであちらもまだまだ見られると思うのですよね。)
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