5. それは真剣師も驚く様な賭けの内容で
羽生飛鳥と向かったのは寂れた旧校舎の部室棟。
「ここは……」
「将棋部の部室。俺以外に使ってる人は殆どいないんだけどね」
この学校は、「全員いずれかの部活動に所属すること」と校則で定められている。
とはいっても名前だけの登録で済む帰宅部同然の文化部が多数存在しており、将棋部もその一つだった。
一昔前は結構大会にでて活躍してたらしいんだけどな。しかし今は一応プロ棋士である俺のことを部長が知らないという有様だ。
「まあ、入りなよ」
「う、うん……お邪魔します」
古く、普段開けっぱなしになっているその部屋に彼女を連れ込むと『現在使用中』の表札をかけて内側から鍵をかけた。
驚いた顔をした彼女と目が合う。多分、彼女は今『なんで鍵を閉めるのかって?』と思っている事だろう。
「な、なんで……鍵をしめるの?」
イェイ、大当たり。
これがメンタリズムです(大嘘)。
「俺はいつもこうしているんだよ」
「そ、そうなんだ……」
ちなみに、今回鍵を閉めたことに深い意味はない。ただのイタズラだ。『どうせならネタバレされるまでの間は好き勝手おちょくったろ』の精神である。あと、『もしもこっそり後をつけてきた奴がいたら無駄にハラハラさせてやる事もできる』と言う一石二鳥の策でもあった。親しくもない女性を密室に連れ込むなんて紳士らしい行動じゃないと分かっちゃいるが、先に仕掛けてきたのは向こうだしな。シュレディンガーの羽生飛鳥でセルフ脳破壊をよろしくどうぞ。
「それに今回はせっかく羽生さんが誘ってくれたんだ、どうせなら二人っきりでゆっくり話したいからね」
内心を悟られぬよう、やましい目的じゃ無いんですよー、と強調するためにそう言うと彼女は赤面していた。
おっと、一体ナニを想像していたんですかねぇ……(ゲス顔)
「まあ、とりあえず食べようか」
「う、うん」
部室の中心にはいつでも対局できるように机がある。
そこで向かい合い、俺は惣菜パンを、彼女は手作りと思われる可愛い弁当をそもそもと食べる。
「深浦くんは、将棋部だったんだね」
「意外だった?」
「ううん、やっぱりなって」
それは何?
アンタみたいな陰キャは当然、帰宅系文化部でしょって偏見?
無意識にディスってくるじゃん、この娘……
とは言え、ここでそう指摘するのは大人げないか。
「まあね。羽生さんって将棋のルールは知ってる?」
「昔お父さんに教えてもらったから駒の動かし方くらいなら……でも、全然強くないんだ。飛車と角を抜いて貰っても負けちゃうくらい」
「そっかー。まあ、駒の動かし方分かってるだけでも大したもんだよ」
小手指アリスの効果もあり観戦専門である『見る将』は多少増えているらしいが、指せる人は存外少ない。特に女性の場合、きちんと一局指せる人なんて100人に一人くらいじゃなかろうか。
しかし、コイツ……やっぱり顔がいいな。
スタイルも良い。目に毒だ。そして毒は時に薬になり、身体の各所にいい影響を及ぼす。盛り上がってまいりました。
「ど、どうしたの?」
いかん、ガン見しているのに気づかれた。
何とか誤魔化さねば。
「いや、羽生さんの箸の使い方とか食べ方、すごい綺麗だなって思ってさ」
「え!?その……ありがとう」
危ない危ない。
何とか誤魔化せた様だ。
咄嗟にでた台詞だが、嘘は言ってない。そして内心はどう思っているか分からんが、表情を見る限り『何ジロジロ見てんの、キモ』って嫌悪感まではない様だ。
……ついでだし、ギャルゲー主人公みたいな台詞もいってみるか?
素面だととても言えないが、そう言うロールプレイだと思えば恥ずかしくない。キャバ嬢を口説く時のような心境だな、キャバクラ行った事ないけど。
「姿勢もいいし、なんか和服とか凄く似合いそう」
「そんな……ちょっと褒めすぎだよ」
パーフェクトコミュニケーション!
だからお返しに、俺の事を褒め返してくれてもいいのよ?
目には目を、歯には歯をの返報性の法則ってやつだ。
美少女からヨイショされる経験なんてなんぼあってもええですからね。
「深浦くんはさ……クラスでは普段物静かだけど、実は凄い人だよね」
「ん、何が?」
「えっと……」
表情からは真剣に考えている様子が伝わってくる。選択肢がいくつかあって、どれにするか迷っている様な感じだ。
将棋も指せるみたいだし、もしかして実は俺がプロ棋士って事も知ってたとか言う展開くる?
ワクワク。
「自分の考えをしっかり持ってるし、それを臆さずに相手に伝えられるんだもん」
ズコー!
焦らしておいて何だそりゃ。
KY相手にお茶を濁す時のテンプレやんけ。
よっぽど褒める所がなかったんだろうか?
そうなんだろうなぁ……
「私は今まで、大事な場面で戦うことから逃げてきたから……」
自嘲気味に笑う。普通ならそんな事ないよ、とか言う場面なんだろうが……
「まあ、羽生さんはそう言う所あるよね」
ムカついたので、あえてKYムーブを発動。
目を見開く彼女。
優しい言葉をかけてもらえると思った?
残念だったね、モノにならないと分かっている女の自分語りとか、あんまり興味ないんだわ。
「うん、そうなの……今みたいに深浦くんが強いのってさ、きっと昔から将棋で大事な何かをかけて、逃げずに戦ってきたからだよね」
「うーん……どうなんだろ」
別に、そんな事は無いと思う。
俺の性格は多分昔からこんな感じだ。
両親からは、アンタは昔からワガママで人の言う事を聞かないわね、とか散々言われてきたしね。
むしろ家では我の強さが欠点扱いされているまである。将棋のプロになるために奨励会に入る際も、散々反対されてケンカになったし。
てゆーか彼女、なんで俺が昔から将棋に人生かけてバチバチやってたってを知って……
ああ、ここが将棋部だからそう推理したのか。
と、そこで俺の脳裏に電流はしる。
魔がさした、と言ってもいい。
「じゃあ……俺とやってみる?」
「え?」
「大事な何かをかけた真剣勝負」
少なくとも、彼女はそんな勝負の経験が、つい衝突を恐れて付和雷同になってしまう性格の矯正に役立つと考えているらしい。
勿論、どこまで本心かは分からない。
女子達との計画で俺を惚れさせようとしているんだから会話を膨らませるために咄嗟に出た言葉かも知れない。
が……全くの嘘では無い様に見えた。
ならばあえてそれを否定せず、そこから俺にとって面白い展開になる様に持っていかせて貰うとしよう。
将棋用語で言う、『相手の手に乗る』と言う奴だ。
「やる、やってみたい」
言ったね。
今アナタ、『やってみたい』って言いましたね?
「なら……負けた方が脱いでいく『脱衣将棋』で勝負しようか」
ヒャッハー、闇のゲームの始まりだー!




