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将棋は恋愛流、恋は泥沼流 〜深浦邦雄の盤外戦術〜  作者: いのりん


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20/21

19. それはイベントとは思えない様な真剣勝負で

 開き直り泥沼流の指しまわしを展開してみたが、小手指アリスは非常に強かった。


 小考を繰り返しつつ、スパゲッティの様にコードが絡まった時限爆弾を解体するみたいに盤面をまとめていく。

 お互いの残り時間は殆どないが、もう詰むや詰まざるやの最終盤だ。そして——


(次に小手指アリスが返してくる一手は選択の余地がない。それに俺がどう応じるかだけど……まずい)


 思いつく候補の3つは、どれも俺の方が一手早く詰まされる変化になりそうだ。


 つまり、どの手を指しても俺の負けという事である。

 俺よりも高い演算能力をもつ小手指アリスなら、当然そこまで読み切っているだろう。


(けど、なかなか指してこないな……念のため最終確認をしてるのか?)


 と、そこでチラリと彼女の方を見て驚いた。


 勝利を確信した顔ではなく、局面を悲観する顔をしていたから。

 そして彼女は、『仕方がない』という表情でこちらが予想していた通りの一手を着手した。


 どう言うことだ?


(ここから、俺の勝ちになる一手があるのか?)


 心に希望の灯がともる。

 だが——


『深浦四段、これから秒読みに入ります。一手60秒未満でお願いします』


 もう、俺にも考慮時間がない。


『30秒……40秒……50秒、1、2』


 あと、10秒以内に何か指さないと負けになる。


 そう思った瞬間、俺は盤面から顔を上げて小手指アリスの顔を見ていた。

 後になって思えばそれは、昼休みに毎日羽生飛鳥と10秒将棋をして身についた癖だったのかもしれない。


(盤面の右上を見ている?そこに俺が置ける駒なんて、大駒の角くらいしか……角?)


「なな......はち......きゅう......」


 駒台に手を伸ばし、直感で小手指アリスが見ていた場所に角を打ち付ける。

 考慮時間はあと1秒未満だった。あっぶねぇ。時間切れで反則負けとかプロとして一番やっちゃいけない奴だからな。


 そこから慌てて先を読み進めつつ小手指アリスの顔を見ると……どうやらこれが正解だったらしい。


 正着は先程まで俺が考えていた3つでは無かった。

 戦いが起こっている箇所から遠く離れたところに角を打つという非常に気付きにくい一手が『詰めろ逃れの詰めろ』になっており、唯一の勝ち筋だったのである。


「50秒。1、2、3……」


 そこで再び小手指アリスを見ると、秒読みに追われながら盤面に希望の欠片がないか探していた。

 しかし、どうやら見つからないらしい。そして——


「負けました」


 彼女はそう言って、深々と頭を下げた。



 *****


 対局後の控室で、小手指アリスは目に見えて落ち込んでいた。

 なんなら、ちょっと涙目になっていた。


 よっぽど悔しかったらしい。


「うう、負けてしまいました。絶対勝ちたかったのに、私は……弱い」

「いや、普通に強かったよ。対局中、何度も負けたと思った」

「情けは無用ですよ。限定合駒まで読み切って完勝されたのに」


 居た堪れなくなり声をかけたが、様子は変わらずだ。

 でも、情けじゃなくてほんとに強かったんだよなぁ。


「いや、限定合駒にはギリギリまで気付けずに読み切れないまま指したんだ」

「……どういう事ですか?」

「対局中、君のことを見ていたから気付けたってこと。勝てたのは半分は運で……もう半分は君のお陰だよ。そもそも俺、この一年はずっと君の事ばかり考えて頑張ってきたわけだしね」


 そう伝えると、小手指アリスは一瞬ポカンという顔をした後じわじわと顔を赤面させた。

 煽っているように聞こえちゃったか?全然そんなつもりはないんだが……


「ところで、負けたら私はなんでもいう事を聞く約束をしていましたよね」

「あー、そういえば言ってたね。あれ、有効なの?本当に何でも?」

「は、はい。もちろんです。エ、エッチなお願いだって……」


 しないよそんなひどい事!

 俺の事なんだと思ってんの?


 いや、もしかしたらあえて屈辱的な扱いを受け、そのストレスを燃料に更なるパワーアップを図ろうとしているのかもしれない。

 学校に通わず将棋に一筋なことと言い、ただの天才かと思っていたが認識をあらためねば。恐るべき執念だ。


 うーん、このままじゃ今後、ますます勝てなくなりそう。

 なにか将棋マシーンと化している彼女の牙を自然に抜くようないい方法は……あ、そうだ。


「じゃあ、気が向いた時は学校に通うようにしてみてくれ。もちろん強制はしないけど」

「学校に通う、ですか?」

「ああ、先日君は無駄って言ったけどさ、俺は学生生活の中で、今までよりも相手をよく見て気持ちを考える様になった。そして、それが今日の勝因なんだ」


 嘘は言ってない。

 まあ、盤上真理を追究するタイプの彼女には効果があるかは分からないけどな!


「俺は、高校卒業まではその生活を続ける。君も気が向いたら学校に通ってみな」


 そして願わくば年頃の乙女として学校生活をエンジョイし、見事に腑抜けてくれますように。

 ほら、将棋の強さだけで人生の幸福度って決まらないからさ......


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