17.それは相手の手にあえて乗るような判断で
小手指アリス。
将棋界の新ヒロインであり、深浦邦夫に結構重めの好意を抱いている少女である。
そんな彼女のチャームポイントは朝焼け空のような色をした大きな瞳と、陽光を編み込んだような美しい金髪。
ゆえに眼鏡と帽子でそれを隠すように変装すればまずバレないわけなのだが――
「小手指……アリス……」
駅で偶然出会った彼女の思い人は、一発でアリスの正体に気付いてきた。
「わわ、なんでわかったんですか?」
「……いやまあ、何度も見た声と顔だし。それに今度対局もあるだろ?」
「流石ですね!」
それはつまり、毎日自分の映像を見てくれているということだろうか、と思考が飛ぶ小手指アリス。
実際のところは悪夢に出てくるトラウマの対象で『毎晩夢の中でボコッてくる相手』だとしか認識されていないのだが、知らぬが仏である。
(テレビに出ててよかった、カメラ映りいい奴を見てくれていたらいいな。最近はもしかしたら深浦さんが見るかもってオシャレも頑張っているし……じゃなくて!)
と、浮かれポンチだった彼女は思考を戻す。
「ところで深浦さん。隣にいる方は?」
「……クラスメイトの羽生さんだ」
「えっと、初めまして。羽生飛鳥です」
アリスの脳内で警戒アラートが鳴り響く。
自分より4つ年上の美人クラスメイト、二人きりで一緒に下校。
女の勘が囁く。こいつは危険だ、早く引きはなせと。
だが人生経験の乏しい自分がどうやって?
決まっている、将棋だ。
自分も彼も棋士なのだから、将棋をネタにして引き離すしかない!
「へ、へぇー。深浦さんは随分と学校生活やクラスメイトとの交流を楽しまれているのですね。余裕そうで羨ましいですが、将棋に充てる時間は足りてらっしゃいますか?」
「……どういう事だ?」
先程まで戸惑いの表情を浮かべていた深浦の表情が、真剣なものに変わる。強い眼差しで見つめられ、ゾクゾクするアリス。彼女はだいぶ深浦のことが大好きで、ちょっとアレな女でもあった。
「言葉通りの意味ですよ。私は今、殆ど中学校に通っていません。将棋の対局と研究に時間がとれるように理解のある私立中学に籍を置き、義務教育は自宅学習とレポート提出で済ませているんです。ちなみに、高校にも通う気はありません」
そしてアリスは、先程までも自分はトップ棋士の先生と新定跡の共同研究をしていたのだと話す。
「そんな私に、高校生活をエンジョイして時間を失っている深浦さんは勝てますかね?」
失礼なことを言っている自覚はある。
だが、挑発と言うのはそういうものだし、言い分が間違ってるとも思えない。
「……勝つさ」
「なら、賭けませんか?」
「賭け?」
「はい、来週のイベント対局で私が負けたらなんでも言う事を聞きます。変わりに、深浦さんが負けたら学校の皆さん……クラスメイトの方達とはもっと距離を取って欲しいんですよ」
「なぜそんな条件を?」
「深浦さんは私の.......同世代ですからね。将棋だけに集中してほしいんです」
同世代と言うか思い人である。
そして将棋と言うか、私だけに集中してというのが本音だが、それは言わぬが花である。
乙女には恥じらいと言うものがあるのだ。
その一方で、こんな無茶なお願い聞いてもらえるわけないか、ドン引きされちゃったらどうしよう……と不安になるアリス。
だが——
「分かった。それでいい。もし俺が負けるようなことがあれば、今後高校を卒業するまでクライメイト達とは必要最低限の会話以外は行わないと誓おう」
「では、今みたいに連れ立って下校なんかは」
「当然、なしだ」
結果は、まさかのOKだった。
想定していた以上の答えを返され、アリスは驚きと歓喜に内心小躍りを始める。
(すごい、やっぱり深浦さんは凄いよぉ!)
そして同時に思う。
彼がそう断言するなら、強い自信があるのだろう。
この小手指アリスに勝てるという、確信に近いものが。
(でも、私の方も強くなったんですよ。それに深浦さんのこといっぱいいっぱい研究したの。だから、また勝たせてもらうね!)
当然、深浦には勝てる確信などない。
勝率は、よくて5分5分くらいだろうと思っている。
もちろん、勝つつもりで真剣にはやるつもりだ。
が、それはそれとして
(もし負けても自分に損はない。のみならず羽生飛鳥と自然に距離を取れるからむしろお得!)
なんて事もこっそり考えているのだが……
幸か不幸か、羽生飛鳥と小手指アリスがそれに気付くことはなかった。




