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将棋は恋愛流、恋は泥沼流 〜深浦邦雄の盤外戦術〜  作者: いのりん


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16/21

15 それは空中戦をしている時の様な形成判断の難しさで

 俺は将棋を通して人の心理を探る訓練をしてきた。

 故に、恋愛漫画に出てくるような鈍感系主人公とは違う。


 そして、現在こんなことを思っている。


『もしかして羽生飛鳥、俺に結構好意を持ってない?』


 いや、自惚れかもしれないけどさ。少なくとも嫌悪感を抱かれてはいないと思う。

 それに、『惚れさせてから振る』ってゲームをするにしたって、2か月以上もかけて下準備をするものだろうか?


 そこで俺は思うわけだ。


 確かに羽生飛鳥は当初、ゲームの一環で演技として俺に近づいてきた。

 しかし、そこは年頃の乙女。演技のつもりで思わせぶりな言動をしている内に心が引っ張られ、段々と本気で俺のことが好きになって来たんじゃないかって。だってほら、漫画とかアニメでもそういう展開って結構あるし。


 それに、今の俺もそんな感じなんだもん。

 我ながらチョロいと思うが、初めは毎日会話を交わすうちに本気で彼女に惹かれ始めてきた自覚がある。



 なら……もしかしたら今って結構両想いに近い状態?

 告白すれば彼氏彼女の関係になれちゃったりする?


 そんな事を考えていると、いつもより早く下駄箱に脚が向かっていた。


(いかんいかん、帰りの待ち合わせよりも30分も早いのに......)


 そんな訳で今は誰もいないだろうなぁ、と思いつつ階段を下っていると


「今から帰りか、飛鳥?」


 陽キャ男子、橋上の声がした。

 昔、嘘告白を企画していた主犯格のやつだ。


「えーっと、もうすぐ帰るところだよ」

「じゃあ、一緒に帰ろうぜ」


 死角で会話を聞きながら、ぐぬぬと思う。

 手芸部はどうした、早く終わったのか?

 今日も俺が一緒に帰りたかったのに……


「ごめんね、待ち合わせがあるんだ」

「もしかして、深浦とか?」

「えっと……うん」

「いつまでゲームをするつもりなんだ?」

「……なんのこと?」

「アイツには他の女子達から言われて声をかけたたんだろ?」

「そ、そうだけど」


 やはり、きっかけはゲームだったようだ。

 まあ、分かっていたけどね。


「それで、今も深浦から告白させるゲームを続けている所なんじゃないのか?」

「……っ、ちがうよ!」


 その言葉に、固まる。

 うへへ、今は違うらしい。

 つまり両想いじゃん。ラブラブじゃん……


「へ、へー……じゃあ何か、二人は付き合ってんのか?」

「つ、付き合ってないよ」


 焦った声の羽生飛鳥。可愛い。

 そうそう、付き合ってないよ。今はまだ……ね。

 とはいえこれは勝確だろう。将棋の序盤で銀をまる得した時くらいの温泉気分だ。



「とかいって、近いうちに付き合い出したりして」


 なるほど、どうやら橋上は羽生飛鳥に好意を持っているらしい。

 余裕を装いつつ探りを入れているつもりのようだが、内心焦っているのがバレバレだぞ。


 しかし、それはそれとして良いこと言うなぁ。付き合い出したりして、のあたり。


 男として、今日にでも俺の方から告白すべきかね?

 そうだよな、クラス底辺の陰キャが高嶺の花と交際するんだ。

 こちらから申し込み、頭を下げるのが筋だろう。



「……それはないよ。私が、深浦君と付き合うことはない。そういうんじゃないんだ」

「なんで?言い切るじゃん」

「だって……私が彼に持っている気持ちは恋じゃないし、つり合いってあるでしょ?私と彼じゃ、今のところつり合いがとれていないと思うもの」

「あ、ああ。なるほど、そうだな。その通りだ!」


 ……まじかよ。


 高いところから突き落とされたようなショックだ。

 そっかあ、恋じゃないし、つり合いが取れないかぁ……


「ウッ……!」


 俺は口元をおさえ、足早にその場を後にする。

 だって羞恥心と失望で居た堪れなくなって、つい叫び出しそうになったから。


 去り際、橋上の「しかし飛鳥は律儀だな、罪悪感でいつまでも深浦を構ってやる必要はないんだよ」なんて声が遠くから聞こえた。

 もつれる脚でなんとか将棋部の部室に戻り、内側から鍵をかける。

 そこで俺は叫び声が漏れないようにタオルを口に詰め込むと、床に突っ伏し手足をばたつかせてのたうち回った。



 ***



「しかし飛鳥は律儀だな、罪悪感でいつまでも深浦を構ってやる必要はないんだよ」


 クラスメイトの橋上にそう言われた時、羽生飛鳥は一体何を言われてるのか理解できなかった。ただ、彼の表情や声のトーンから不愉快なものだというのは分かった。


「……どういう意味?」

「ん?そのまんまだよ」


 つり合いがとれていないって自分で言っただろ?

 ちょっと優しくしてやったら付きまとわれて、迷惑しているけど言い出せないんじゃないか、と橋上は続ける。


「やれやれ、飛鳥は気弱だからなぁ……俺の方からガツンと言ってやろうか?恋の感情はないぞ、迷惑だからもう近づくなよって」


 どや顔で言われて、やっと理解する。

 そこで彼女が感じたのは、強い怒りであった。


「……つり合いがとれていないって言うのは、そういう意味じゃないよ」

「ん?」

「深浦君が素敵すぎて、私じゃ釣り合わないって言ってるんだよ」


 一度口を開くともう止まらなかった。


「深浦君は凄いの。自分をしっかり持っていて、大人で、努力家で、紳士的なんだよ。一緒に居ると勉強になる事ばかりで、私も少しは変われるような気がして……そんな彼のことをすごく尊敬しているし応援したいの」


 元来口数が多い方ではなかったが、ついつい


「でも彼は将棋に全力で取り組んでるから、大切な時期だから、きっと私と恋をしている暇なんてないの」


 とか


「私、そんな彼の邪魔にはなりたくないの。でも、できるだけ近くにはいたいの。そして、いつか彼にふさわしい人になりたいの。だって、愛しているんだもん」


 なんてことまで言ってしまっていた。


「あ、飛鳥、ちょっと冷静になれ。なんかお前、色々と勘違いしてそうな……」


 ポジショントークだ。だが、これについては橋上が正しい。

 確かに彼女は色々と勘違いしていた。そして深浦のことを、美化しまくっていた。そして、少し前までの気弱で人との摩擦を避ける羽生飛鳥なら彼の言う通り一度立ち止まり考え直していたかもしれない。


 だが——


「そんなことないよ」


 この数か月をかけて深浦の影響を受けた彼女は、以前よりも自己主張が強くなっていた。

 良い意味でも、悪い意味でも。


「あと、今までずっと言えなかったんだけど、名前で呼び捨てにされるの馴れ馴れしい感じがしてちょっと嫌だったんだ。今度からは名字で呼んでほしいな」


 橋上に対して、口調が冷たくなっている自覚はある。数か月前までの自分では考えられないような塩対応だ。

 しかし、こんな自分も羽生飛鳥は嫌いではなかった。深浦との日々が自分に変化をもたらしたのだと思うと、悪い気はしなかった。

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― 新着の感想 ―
悲しきかな、深浦少年。詰めの局面で今一歩我慢が利かなかったね…。まあ、運と言うか徳が足りなかったか。 物語は泥沼の様相と相成りまして候…。
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