13.それは会長が怪鳥に化ける様な変化で
対局が無い日にプロ棋士が何をしているかというと、各地の将棋イベントに参加したり、パソコンを用いて戦法の研究をしたり、同業者とスパーリングをしたりと様々だ。
俺も今日は学校が休みなので、師匠が主催している練習対局の集まりに参加させてもらっている。
「お前、最近相手の顔を見る頻度が増えたな」
「え?」
師匠との対局を終えた後、そう言われた。
「そうですか?自分としては昔からよく見ていたつもりなんですが……」
「いや、変わった」
師匠がそう言うならそうなのだろう。
だってこの人、対人戦特化型のA級棋士で、脳の処理速度が落ちる50歳になってもなお活躍中という妖怪なのだから。
「特に終盤でな。何か心当たりはあるか?」
思い当たるのは羽生飛鳥との対局だ。
かなり悪いところからのスタートで最善手を指しても勝てないから、罠を張ってミスを誘うために盤面より彼女のリアクションを見ながら指し続けていた影響があるのかもしれない。
「もしかして悪い癖だったりします?複雑だけど答えのあるプロの終盤戦は計算力をフル活用して最善手を指す方が大切そうですし」
「わからん。お前の言う通り演算力が落ちて最善手を逃すかもしれんが、勝負師としては悪く無い気もする」
ええ……なんかハッキリしない答えだな。
「自分としては無自覚の変化だったんだろ?少なくともさっきの練習対局で終盤の精度が落ちた感じは無かったから、このまま様子をみたらいいんじゃないか」
「わかりました、先ほどは師匠にも勝ちましたしこのまま行きます」
「ぶち殺すぞわれ」
殺気を飛ばされてビビる。
冗談じゃないっすか……
ちなみに師匠、こういった練習対局では相手のデータ収集や研究手の試運転をメインにしており滅多に本気を出さない。
早く棋戦で檜舞台に上がり、プロとして本気のこの人と戦ってみたいものだ。
***
そんな事があった翌日の放課後。
「止まないか……」
学校の玄関口で空を見上げてため息をつく。
天気予報が外れて、生憎の雨。貸し出し用の置き傘は全て使われていたので部室でしばらく時間を潰してみたがどうやら無理っぽい。これはもう、濡れて帰ってすぐシャワーだな。
「仕方ない、仕方ない……」
決心を固めるためにそう呟き一歩踏み出そうとすると
「あれ?深浦くん」
最近、よく聞く声が話しかけてきた。
「羽生さん」
「今帰り?」
「ああ」
「もしかして、傘がない感じ?」
「そうだね」
「……あの、私大きい折り畳み傘持ってるんだけど、良かったら一緒に帰らない?」
いいのか?
正直、ありがたすぎる申し出だ。風邪引いちゃうと、頭がぼーっとして将棋に支障がでるからな。
しかもウチの親、多少体調が悪くても学校は休むなってスタンスだし。
「ありがとう。嬉しい」
「〜ッ!ありがとう、私も嬉しい」
どう言ったわけか、向こうからもお礼を言われた。華やいだ紫陽花のような笑顔をむけられて照れる。
その後、濡れないよう、肩が触れ合うくらいの距離で駅に向かいながら色んな事を話した。
なんでも、彼女は手芸部の活動日である月曜と水曜と金曜日はいつもこれくらいの時間に帰るらしい。
で、他の部員たちとは方向が逆だから基本的に一人で帰っているとの事。
「深浦くんはいつもすぐ帰ってるの?」
「日によるかな。すぐ帰る時もあれば、部室や図書室に残って将棋の勉強をする時もある」
暗記系は家で行い、発想力が必要な新手の開発は学校でコロコロと場所を変えつつ......と目的によって使い分ける感じだな。
「そうなんだ……じゃあさ、時間が合った時はまたこうやって一緒に帰ってくれる?」
うお、なんだその上目遣いは!?
やめろ好きになってしまう……
「……時間が合った時はね」
「やった。約束だよ」
その顔と声色は、とても演技には見えなかった。
もしかしたら、彼女は一人で帰るのが嫌なタイプなのかもしれないな。流石クラスの人気者、周囲に人がいる状態がデフォルトなのだろう。
ならまあ、こちらの負担になるわけでもないし一緒に帰るのもいいだろう。もっとも、偶然帰路につく時間が合う事なんてそんな頻繁にはないだろうけどね。




