# 第七話 ## 「君は誰なんだ」
# 第七話
## 「君は誰なんだ」
夕暮れの公園。
風が静かに吹いていた。
湊の手には陽菜の日記。
そして写真。
裏に書かれた文字。
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**『享年二十四歳』**
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目の前には。
その写真と同じ笑顔の陽菜。
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「君は……誰なんだ」
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声が震えた。
怖かった。
だが。
逃げたくなかった。
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陽菜は少しだけ困ったように笑う。
「その質問、いつかされると思ってた」
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ベンチに腰を下ろす。
夕日が彼女を赤く染めていた。
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「信じてもらえないと思う」
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「いいから話してくれ」
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しばらく沈黙。
そして陽菜はゆっくり話し始めた。
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「私はね」
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遠くの空を見る。
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「七年前に死んだの」
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湊は息を呑む。
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「病気だった」
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その言葉は静かだった。
あまりにも静かだった。
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「ずっと入院してた」
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「……」
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「治ると思ってたんだけどね」
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陽菜は笑う。
だが。
その笑顔は少しだけ寂しい。
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「最後まで小説を書いてた」
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「作家になる夢だったから」
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湊は日記を見た。
何度も落選した記録。
何度も挑戦した記録。
涙の跡。
全部本物だった。
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「怖くなかったのか」
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陽菜は少し考える。
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「怖かったよ」
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即答だった。
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「毎日怖かった」
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「死ぬのも怖かった」
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「夢が終わるのも怖かった」
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「何も残せないのが一番怖かった」
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夕日が沈み始める。
影が長く伸びる。
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「だから最後の日まで書いた」
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「誰にも読まれなくても?」
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「うん」
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「報われなくても?」
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「うん」
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そして。
陽菜は微笑んだ。
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「だって好きだったから」
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湊は言葉を失った。
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好きだから続ける。
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それは簡単そうで。
一番難しいことだった。
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「でも」
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陽菜は俯く。
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「最後だけ後悔した」
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「後悔?」
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「もっと挑戦したかった」
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「もっと書きたかった」
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「もっと生きたかった」
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声が震えていた。
初めて見る陽菜の涙。
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「だから」
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陽菜は湊を見る。
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「君を見つけた時、嬉しかった」
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「俺を?」
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「うん」
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「なんで」
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陽菜は笑う。
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「私と同じ顔してたから」
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「え?」
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「苦しいのに諦められない顔」
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湊の胸が熱くなる。
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「だから応援した」
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「だから会いに来た」
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「だから前を向いてほしかった」
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風が吹く。
花びらが舞う。
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その時だった。
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陽菜の身体が。
少しだけ透けた。
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「……!」
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湊は目を見開く。
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陽菜は苦笑した。
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「時間がないみたい」
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「待て」
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「大丈夫」
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「大丈夫じゃないだろ!」
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思わず叫ぶ。
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「また会えるんだろ!?」
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陽菜は答えなかった。
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その沈黙が。
何より怖かった。
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「陽菜!」
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「湊」
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彼女は立ち上がる。
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夕日の中で。
優しく微笑む。
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「お願いがあるの」
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「なんだ」
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「夢を叶えて」
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湊は息を止めた。
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「君の夢を」
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「……」
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「そして」
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少しだけ照れたように笑う。
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「できれば私の分も」
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涙がこぼれた。
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いつの間にか。
湊は泣いていた。
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「勝手だな……」
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「うん」
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「ずるいよ」
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「うん」
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「そんなこと言われたら」
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声が震える。
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「諦められないだろ」
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陽菜は笑った。
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今までで一番。
綺麗な笑顔だった。
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「それでいいんだよ」
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夕日が沈む。
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世界がオレンジ色に染まる。
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そして。
陽菜の身体は少しずつ光になっていく。
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「陽菜!」
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「ありがとう」
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「待ってくれ!」
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「ありがとう」
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その言葉だけを残して。
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彼女は。
消えた。
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風だけが残る。
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静かな公園。
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ベンチの上には。
一冊の日記。
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そして。
最後のページにいつの間にか現れていた文字。
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**『苦しいなら、まだ終わってないよ』**
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湊は涙を拭く。
空を見上げる。
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もう陽菜はいない。
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だけど。
彼女の言葉は残っている。
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「見てろよ」
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拳を握る。
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「絶対に叶える」
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それは。
自分への誓い。
そして。
陽菜との約束だった。
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## 次回予告
### 第八話
**「約束の原稿」**
陽菜が消えてから半年。
湊は新たな作品を書き始める。
テーマは――「苦しい」。
全てを込めた一作。
だが、その前に立ちはだかる最大の壁。
「本当に読者へ届く物語とは何か」
陽菜との約束を胸に。
湊は再び戦いの舞台へ向かう――。
**第一部・完**。
**第二部『約束の先へ』へ続く。**




