# 第五話 ## 「初めての敗北」
# 第五話
## 「初めての敗北」
春。
桜が咲いていた。
湊はスマホの画面を見つめていた。
文学新人賞の結果発表。
何度も更新する。
指先が震える。
心臓が痛い。
胃が重い。
息が苦しい。
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「まだかな……」
独り言が漏れる。
仕事中も落ち着かなかった。
帰宅してからも同じだった。
黒川には言われていた。
「期待しすぎないでください」
「結果より経験です」
分かっている。
頭では。
でも。
心は違った。
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画面が更新される。
受賞者一覧。
大賞。
優秀賞。
特別賞。
次々に名前が並ぶ。
湊は探した。
自分の名前を。
何度も。
何度も。
何度も。
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なかった。
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「……あ」
声が出なかった。
もう一度見る。
なかった。
何度見ても。
どこにも。
なかった。
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落選。
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その二文字が頭の中を埋め尽くした。
力が抜ける。
スマホが手から滑り落ちる。
天井を見る。
何も考えられない。
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数か月。
いや。
何年もかけてきた。
睡眠も削った。
遊びも減らした。
頑張った。
本気だった。
なのに。
結果は。
落選。
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「やっぱり駄目か……」
涙は出なかった。
悔しすぎる時。
人は泣けないらしい。
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その夜。
湊は公園へ向かった。
いつものベンチ。
陽菜がいる場所。
案の定。
彼女はいた。
「結果出た?」
優しい声だった。
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湊は笑った。
無理やり。
情けない笑顔だった。
「落ちた」
「そっか」
「終わりだな」
「うん?」
「才能なかった」
「うん?」
「だから終わり」
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陽菜は黙った。
しばらく何も言わない。
夜風だけが吹いている。
そして。
静かに聞いた。
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「本当に?」
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「え?」
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「本当に終わり?」
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湊は苛立った。
「終わりだろ!」
思わず声が大きくなる。
「結果出ただろ!」
「落選だ!」
「駄目だったんだ!」
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陽菜は怒らなかった。
悲しそうに笑った。
「湊」
「……」
「それって初めて?」
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「何が」
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「本気で挑戦して、本気で負けたの」
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その言葉に。
湊は黙った。
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確かに。
そうだった。
学生時代。
部活も途中で辞めた。
勉強もほどほど。
夢も途中で諦めた。
傷つく前に逃げた。
負ける前に辞めた。
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だけど今回は違う。
本気だった。
だから。
こんなに苦しい。
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陽菜は言う。
「おめでとう」
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「は?」
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意味が分からなかった。
落選したのに。
何がおめでとうなのか。
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陽菜は微笑む。
「初めて本気で負けたんだね」
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その言葉が胸に刺さる。
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「本気で負けた人はね」
陽菜は続けた。
「本気で勝てる人になる」
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「……」
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「逃げた人は強くなれない」
「挑戦しなかった人も強くなれない」
「でも」
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夜空を見上げながら言った。
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「負けた人は強くなれる」
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湊は何も言えなかった。
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風が吹く。
桜の花びらが舞う。
その光景を見ながら。
陽菜はぽつりと呟いた。
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「私もね」
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初めてだった。
陽菜が自分の話をするのは。
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「昔、大きな夢があったんだ」
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「夢?」
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「うん」
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少しだけ寂しそうな顔。
今まで見たことのない表情だった。
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「でも叶わなかった」
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湊は驚く。
いつも前向きな陽菜。
いつも笑っている陽菜。
そんな彼女にも。
叶わなかった夢があった。
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「だから分かるんだ」
陽菜は笑った。
「苦しい気持ち」
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その笑顔が。
なぜだか少し泣いているように見えた。
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「ねえ湊」
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「なんだ?」
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「もう一回挑戦できる?」
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夜風が吹く。
桜が舞う。
沈黙。
長い沈黙。
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そして。
湊はゆっくり拳を握った。
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悔しい。
苦しい。
逃げたい。
諦めたい。
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でも。
まだ終わりたくない。
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「……やるよ」
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陽菜が笑った。
太陽みたいな笑顔だった。
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「うん」
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「もう一回」
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「うん」
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「もう一回だけじゃない」
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湊は立ち上がる。
夜空を見上げる。
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「何度でもやる」
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その言葉に。
陽菜は本当に嬉しそうに笑った。
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だが。
その笑顔の奥にある秘密を。
湊はまだ知らない。
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## 次回予告
### 第六話
**「陽菜の秘密」**
突然姿を消した陽菜。
残された一冊の日記。
そこに記されていたのは、
誰にも語らなかった彼女の過去だった――。
「私は、夢を諦めたんじゃない」
「夢に置いていかれたの」
涙の真実が明かされる。




