序章:砕かれた金剛石【4】
着の身着のままで、思い出の詰まった邸宅を追い出された日。空からは、まるで俺の心を映すかのように、冷たい雨が降りしきっていた。
行く当てもない。頼れる者もいない。
俺は、ただ無意識に足を動かしていた。きらびやかな貴族街を抜け、商人たちの活気あふれる地区を過ぎ、やがて、今まで馬車の窓から汚いものとして眺めるだけだった場所へと、迷い込んでいた。
王都の光が届かない場所、スラム街。
腐った食べ物の匂い、淀んだ水たまり、汚物の悪臭が鼻をつく。建ち並ぶ家はどれも崩れかけ、道端には虚ろな目をした人々が座り込んでいる。それが、俺が初めて肌で感じた、世界のもう一つの顔だった。
雨に打たれ、泥にまみれ、数日何も食べていないせいで、空腹と寒さが容赦なく体力を奪っていく。俺は路地裏の壁に寄りかかり、ずるずるとその場に座り込んだ。
ああ、俺の人生は、ここで終わるのか。
砕け散った金剛石は、もう二度と元の輝きを取り戻すことはない。ただ、泥濘に沈んでいくだけだ。
情けなさと、悔しさと、そしてすべてを奪った見えぬ敵への憎しみが、胸の中で渦巻いていた。だが、今の俺には、何もできない。あまりにも無力だった。
降りしきる雨が、俺の涙を洗い流していく。やがて、意識が遠のき始めた。寒さも、空腹も、もう感じなくなっていく。
絶望が、俺のすべてを飲み込もうとしていた。
その、時だった。
「――おい、あんた。そんなとこで寝てると、風邪ひくどころか、朝には立派な死体になってるぜ?」
不意に、頭上から声が降ってきた。
それは、若い女の声だった。しゃがれた、けれど妙に耳に残る声。
朦朧とする意識の中、俺はゆっくりと顔を上げた。
そこには、一人の女が、傘も差さずに俺を見下ろしていた。
雨に濡れた紺色の髪を、無造作に一つに結んでいる。そばかすの浮いた顔。そして、獲物を狩る獣のように細く吊り上がった、鋭い赤い瞳が、まっすぐに俺を射抜いていた。
それが、俺とシーフ、ウィルマとの出会いだった。
俺の、復讐と革命の物語は、このどん底の泥濘から始まったのだ。
次回更新:2025/9/13予定
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