序章:砕かれた金剛石【3】
その号令と共に、騎士たちが屋敷の中になだれ込んできた。彼らは、壁にかけられた絵画を乱暴に引き剥がし、棚に飾られた壺を叩き割り、家財道具に次々と差し押さえの札を貼っていく。
「やめなさい! それは、エリィが生まれた時に贈られた銀の燭台……!」
「ああ、私の嫁入り道具の宝石箱が……!」
母の悲鳴が、騎士たちの怒号と、物が壊れるけたたましい音にかき消されていく。俺は、その場に立ち尽くすことしかできなかった。何が起きているのか、まるで質の悪い芝居を見ているようで、全く現実感がなかった。昨日まで完璧だった俺の世界が、目の前でガラガラと音を立てて崩れ落ちていく。
「父上! 父上っ!」
俺が叫びながら駆け寄ろうとすると、二人の騎士に阻まれた。父は、なすすべもなく騎士たちに引きずられていく。俺の呼びかけに父は、うつろな目で見つめ返した。
父はそのまま屋敷の外へと連れ出され、王家の馬車に押し込められた。母はその場に泣き崩れ、やがて気を失った。
ピエトラ家の権力は、文字通り、一夜にして剥奪された。
先に支払われていた王冠の製造費の賠償と、刑罰としての天文学的な額の罰金。俺たちの家は売り払われることになり、財産はすべて没収された。
そして、その悪夢のような日から、数日後。
父が連行されてから、母は心を閉ざし、まるで魂の抜けた人形のようになってしまった。俺は、わずかに残された金銭を手に、助けを求めて親戚筋を訪ね歩いた。だが、王家に逆らった罪人の家族に手を差し伸べる者など、どこにもいなかった。
最後に訪れたのは、マジアシェンツァ家の邸宅だった。父の兄であり、俺の伯父、エドガーなら何か、助けてくれるかもしれない。そんな淡い期待を抱いて、重厚な扉の前に立った。
しかし、応対に出た執事は、俺の顔を見るなり、汚物でも見るかのような目で言い放った。
「お引き取りください。マジアシェンツァ家は、ピエトラ家のような罪人とは一切関わりございません」
「待ってください! 伯父上に、エドガー様にお会いさせてください! 父のこと、家のことを……!」
「旦那様は、お前のような者には会わぬと仰せだ。さあ、二度とこの家の敷居をまたぐな!」
扉は、無情にも俺の目の前で固く閉ざされた。
世間の冷たさを、これほどまでに痛感したことはなかった。
失意のまま、差し押さえられた我が家――いや、もはや我が家ではない、がらんどうの邸宅に戻った。静まり返った屋敷の中で、母を探す。
そして、見つけてしまった。
父の書斎で。母が、冷たくなっているのを。
テーブルの上には、空になった毒の小瓶が一つと、震える文字で書かれた遺書が残されていた。
『エリィへ。ごめんなさい。耐えられません。あなたを一人残していくことを、許してください。ダスティン様のいない世界で、罪人として生きていくことは、私にはできませんでした』
そして、その数時間後、獄中で父が自害したという報せが届いた。父もまた、屈辱に耐えきれず、自ら命を絶ったのだった。
葬儀も、まともにはできなかった。王家への反逆者として、ピエTトラ家の名は地に堕ちた。昨日までの友人たちは手のひらを返し、誰も俺に近づこうとはしなかった。学院にも、もう通うことはできない。
たった数日で、俺は家族も、財産も、名誉も、未来も、そのすべてを失った。




