序章:砕かれた金剛石【2】
数週間後、父が心血を注いだ王冠が、ついに完成した。
国王陛下への献上の日、ピエトラ家の邸宅は朝から祝賀ムードに包まれていた。父は、王宮へ出向くための正装に身を包み、その顔は誇りと喜びに満ちあふれていた。
「どうだ、エリィ。見事なものだろう?」
特別に見せられた王冠は、まばゆいばかりの輝きを放っていた。中央に鎮座する大粒のダイヤモンドを中心に、無数の宝石が散りばめられている。まだひよっこの俺が見ても、それが歴史に残る傑作であることは一目瞭然だった。
「はい、父上。素晴らしいです」
「この王冠は、ピエトラ家の栄光の象徴となるだろう。お前も、いずれはこの私を越える宝石商になるのだ。今日のことを、よく目に焼き付けておきなさい」
父の言葉に、俺はこくりと頷いた。この時の俺は、父を心から誇らしく思っていた。
王冠献上は無事に執り行われ、ピエトラ家の名は王都中の賞賛の的となった。学院でも、貴族の子弟たちが代わる代わる俺の元へやってきては、父の偉業を称えた。
「さすがはピエトラ家だな!」
「あの王冠、私も遠目から拝見したが、まさに神の御業だった!」
そして、運命の日が訪れる。
その日も、俺はいつも通り学院での授業を終え、馬車で帰路についていた。しかし、街の雰囲気がどこかおかしいことに気づいた。大通りを行き交う貴族たちの馬車が、なぜかピエトラ家の紋章を掲げた俺の馬車を避けるようにして走り去っていく。すれ違う貴族たちが、こちらを見てひそひそと何かを囁き合っている。好奇、軽蔑、そして憐憫。様々な色が混じった奇妙な視線が、馬車の窓越しに突き刺さった。
嫌な予感がした。胸騒ぎがどんどん大きくなっていく。御者に馬を急がせ、邸宅の門が見えてきた時、俺は息を呑んだ。
門の前には、見慣れない紋章を掲げた馬車が何台も停まっていた。王家の近衛騎士団のものだ。屈強な騎士たちが、邸宅の入り口を固めている。
俺は馬車から転がるように降りると、通用門から屋敷の中へと駆け込んだ。
そこに広がっていたのは、悪夢のような光景だった。
「父上!」
広々としたエントランスホールの中央で、父ダスティンが数人の騎士に腕を掴まれ、囲まれていた。いつもは温和な父の顔が、絶望に青ざめている。母がその傍らで泣き崩れ、侍女たちがなすすべもなく遠巻きに震えていた。屋敷の中は荒らされ、高価な調度品が無造作に床に転がっている。
「ダスティン・アランチェ・ピエトラ! 貴殿を、国王フリード・オルトレマーレ・ツェントラール猊下に対する不敬罪の容疑で拘束する!」
鎧をまとった騎士団長が、冷徹な声で告げた。不敬罪。その言葉の意味が、すぐには理解できなかった。
「な、何かの間違いです! 私が、国王陛下を侮辱するなど、天地神明に誓ってありえません! いったい何のことですかな!?」
「しらを切るな! 先日貴殿が献上した王冠! あれに使われていたダイヤモンドは、すべてが精巧に作られたレプリカの粗悪品だったことが判明したのだ!」
騎士団長の言葉に、ホールが大きくどよめいた。俺も、耳を疑った。レプリカ? 粗悪品? あの、父が人生のすべてを懸けて作り上げた王冠が?
「そん、な……馬鹿な……! ありえない! 私は、確かに最高級のダイヤモンドを選び抜き、我が工房の最高の職人たちにカットさせ、寸分の狂いもなく台座に……! あれが、レプリカのはずがない!」
父の悲痛な叫びが、虚しく響き渡る。
「言い訳は法廷で聞く! だが、王家の鑑識官たちが鑑定した結果だ。もはや疑いの余地はない! 我が国の至宝を、安物の模造品で汚した大罪、万死に値するぞ!」
騎士団長はそう言い放つと、部下たちに顎で合図した。
「これより、王命に基づき、ピエトラ家の全資産を差し押さえる! 逆らう者は容赦なく斬り捨てよ! 何一つ持ち出すことは許さん!」




