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それからしばらく。ようやくベッドの上の住人を脱出することが許されたアンナは、エドワードとともに貯蔵庫を訪れていた。なんでもエドワードいわく、秋人と一緒に仕込んだ大量の保存食たちをアンナに紹介したいのだという。ぴょんぴょんとうさぎのように跳ねながら、エドワードが今までのことを話してくれる。
「せっかくだからね、アンちゃんがベッドにいるときにお見舞いとしていろいろ見せにいこうと思ったの。でも、アッキーがだめだって」
「その時は何を持ってこようとしたの?」
「大きな瓶に入ったプラムだよ! 大人用はお酒に漬けて、子ども用はシロップ漬けにしたの。同じような色の素敵なジュースが飲めるんだって」
一体どれくらいの大きさの瓶だったのだろうか。前世で春香が作っていた梅酒と梅シロップのことを思い出し、エドワードが張り切って「僕が運ぶ!」と言い張っている場面がたやすく想像できてしまった。おそらく、ウォルトと秋人、そして使用人総出で止めたに違いない。
「その後にね、今度は持ち運びしやすいお菓子も作ってみたの。でもね、ここには持ってきちゃだめってやっぱり言われたの。僕、頑張って作ったのに」
「ええと、味は問題なかったのよね?」
「うん、すっごく甘くて美味しかった!」
「一体何を作ったの?」
「糖蜜キャンディーだよ」
なるほどと、アンナは納得した。こちらもまた、前世の春香が食べたがったお菓子のひとつだ。アンナが読んだ本の中では糖蜜キャンディーと書かれていたせいで、謎のべたべたするべっこう飴を想像しつつ、首を傾げていたことが懐かしい。
エドワードいわく、砂糖の代わりに糖蜜を使い、バターと一緒に煮詰めた後、まだ熱く柔らかい状態で何度も引き延ばす作業をしたのだそうだ。そのため、途中経過はキャラメルのような見た目でありながら、最終的に独特な歯触りが魅力的なお菓子に仕上がるらしい。
「みんなで、糖蜜を引き延ばしたの?」
「そうだよ。こーんなに大きいのを、うにゅーんって引っ張るの! すっごく楽しいんだけど、テーブルも床も僕たちもべとべとになっちゃった!」
「あらまあ。本当に、あちらこちらがべとべとになる食べ物なのね」
「アンちゃんも作ったことがあるの?」
「いいえ。聞いたことがあるだけよ。でも、今度は私も一緒にべとべとになってみたいわ」
「うん! 今度は一緒に作ろうね! それでね、結局、これもお見舞いに持っていくのはダメって言われちゃったの。屋敷中がべとべとになるのは困るって」
どうやらウォルトもべとべとな厨房へ足を運んだらしい。どんな時も美しく、髪の毛一筋の乱れもないウォルトがべとべとな糖蜜キャンディーに四苦八苦している姿がどうしても想像できなくて、アンナは妙におかしかった。
「僕、頑張ったんだよ。だからね、まだ食べられなくても、ちゃんとアンちゃんに作ったものを見てほしいの」
「なるほどね。それじゃあ貯蔵庫の中を案内しながら、説明してくれる? どんなものを作ったのか、話を聞くのが今から楽しみだわ」
けれど、そこでエドワードは小さく首を振った。
「父さまから、僕は貯蔵庫に入っちゃダメって言われちゃったの。僕、この間、せっかく作った料理を入れた瓶を倒しそうになっちゃって。瓶は、割れなかったし、保存食も無事だったのに」
「瓶が割れることや、保存食がダメになることを心配しているのではないのよ。ウォルトさまは、テッドが怪我をするのが心配なの。私だって、あなたが痛い思いをするところは見たくないわ」
「アンちゃんも、僕のこと、心配?」
「当然よ。怪我をするとわかっていて、危ない場所に入らせたいと思うわけがないでしょう」
「えへへへへ、そっか~」
なんだか嬉しそうに身体をくねらせると、エドワードはアンナの耳元で内緒話をするようにささやいた。
「あのね、僕はここの入り口で待ってるから。僕の代わりに、アッキーが案内してくれるって。しっかり見てきたら、絶対、僕に感想聞かせてね。僕、ふたりが帰ってくるまでここで待ってるからね。あんまり遅くなっちゃいやだよ」
「え?」
そう言ってアンナに手を振ると、入り口横に座り込んだエドワードはあっさりと絵本を読み始めてしまった。驚いたアンナが扉の中を覗き込めば、これまたなんとも言えない表情の秋人が、アンナを見つめている。どうやら彼もこの事態は予想外らしい。
本来、使用人のいない状況で異性同士が接触することは許されていない。一歩間違えれば、不貞として糾弾されかねないものだからだ。それにもかかわらずこの状況というのは、十中八九ウォルトがお膳立てしてくれたのだろう。あくまで、キャリントン侯爵家の嫡男に誘われた先で、ふたりが偶然、貯蔵室内で顔を合わせたということにされるようだ。
「ありがとう、テッド。何かあったら声をかけてちょうだいね」
格別の配慮に感謝をしつつ、軽く頭を下げてアンナは貯蔵庫の中に足を踏み入れた。
***
「元気にしてた?」
「それはこっちの台詞。病み上がりの人間に言われるのはおかしいだろ。まあいいや。毎日、エドワードと一緒に料理してたわ」
「すっかり懐かれているみたいね」
「別に遊ぼうって俺が誘ってるわけじゃないし。気が付いたらいつも隣にいるんだよ。わざわざ追い出す方が問題だろうが」
「エドワードもとっても喜んでいたわ。この間は、糖蜜キャンディーを作って部屋中をべたべたにしたって話してくれたわよ」
「あのすかした男にも食わせてやったぜ! 引きつった顔はなかなかの見物だった。ここにスマホがあれば、ネット上で万バズできたのに」
「勝手にひとの写真をウェブ上にあげてはいけません!」
やはりウォルトは例の糖蜜キャンディーを食べていたらしい。エドワードに見えないところで密かに憮然としている姿を想像して、アンナは小さく噴き出した。その勢いで、秋人に向かって礼を告げる。
「あのね、秋人。助けてくれてどうもありがとう。あなたが作ってくれたグラニータのおかげで、こうやって元気に過ごせているわ」
アンナはとびきりの笑顔とともに頭を下げた。それにもかかわらず、秋人はどうにも浮かない顔をしていた。若干気落ちしているようにも見える。
「どうしたの?」
「あのさ、この間から作っていたのが保存食だったから気が付かなったんだけど。もしかしたら俺の加護、消えかけているのかもしれない」
「それは、どういう意味なの?」
「どういう意味も何も、そのままの意味だよ。さっき言ってた飴はさ、他のものと違ってすぐに食べることができたんだ。熱を加える作業中に火傷をしたひとがいたから、ちょうどいいし、せっかくだから食べてもらったんだよ。でも、劇的な効果はなかったんだ。もちろん、食べないよりは全然良かったと思う。でも、グラニータみたいに死にかけたひとを回復させるような効果はない」
「飴はおいしかったのでしょう?」
「まあ、普通。まずくはなかった。あのさ、俺の作り方が悪かったのかな。特別な回復薬にするためには、もっと神さまへのお礼とかが必要だったのかな? 結構真面目に、みんなの怪我が治りますようにって願いを込めてはみたんだけど」
詰め寄られて、さすがのアンナもたじろいだ。
「ええと、秋人はすごい魔法薬を作りたかったの?」
「だって、ないって言われていた特別な力があってさ。それがみんなの役に立つなら、いっぱい作ろうと思うよね、普通?」
「万能薬を保管するために、保存食作りを頑張っていたの?」
「……だって。そうすれば俺は役に立ってるって言えるじゃん。元婚約者の婚家に転がり込んだ厄介者って立場から脱却できるじゃん」
少しだけ唇をとがらせて、秋人が下を向く。小さな頃から変わらない、不満を内側に抱えている時の秋人の癖だ。どうにもむくれた顔を見て、アンナは懐かしさを覚えつつ苦笑した。
「あなたが難しい立場に置かれていたことは、みんな理解しているわ。それに私は、あなたがエドワードと一緒に料理を楽しんでいると聞いて嬉しかったの。別に、加護持ちが作る万能薬がたくさんできるから嬉しいということではないのよ。むしろ、万能薬という意味で言うならば、同じものを再現できなくなってよかったのかもしれないわ」
「なんで? あんな凄い薬ができたら、どんなことがあっても安心じゃん」
「あなたは一体自分がどういう目に遭ったのか忘れてしまったの? 近隣の国々から目を付けられる可能性もあるし、彼らが差し向けた追っ手に捕まって誘拐される可能性だって否定できないわ」
「でも、俺はこんなことくらいでしか恩返しができないのに!」
そこでアンナは、先ほどウォルトが一生懸命アンナに伝えようとしていたことが理解できたような気がした。




