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【書籍化予定】継母になった嫌われ令嬢です。お飾りの妻のはずが溺愛だなんて、どういうことですか?  作者: 石河 翠
第二章

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 ブライスにとってアンナは、自分の邪魔をする嫌な女だった。


 物心ついた時から、ブライスは不思議に思っていた。自分の父親が、時々家に帰ってこないことがあるのはなぜなのか。隣近所の子どもたちが、ある日突然自分と距離を置くことがあるのはなぜなのか。母が周囲の大人たちから、恥知らず、不道徳と罵られることがあるのはなぜなのか。その理由を知ることができたのは、偶然だった。父親の留守中にやってきた、とある風変わりな客人が教えてくれたのだ。


 自分の父親には、正式な結婚相手と娘がいるらしい。それは父親が望んだ結婚ではなく、父親の父親、つまりはブライスの見たこともない祖父に当たる人物が強行したものなのだそうだ。父親の婚姻は、家門にとって大変利益のあることだったと見える。


 ブライスは父親によって、蝶よ花よと育てられてきた。彼女が望めば、叶わない願いなどなかった。そんな自分がまさか偽物だったなんて。そう、ブライスは、正式な妻と娘がいると聞いた時、自分の足元があやふやになるような気がした。


 そして世間的には、自分の母親は浮気相手であり、自分は不義の子という扱いになることを理解したのだ。不義というのは、ひとの道において正しくないことだ。それはつまり、正式な娘であるアンナは本物で、不義の子であるブライスは偽物という意味になるのではないだろうか。ブライスの中には、論理の飛躍などない。だって、みんながブライスたちを責め立てるのだ。


 父親は自分のことを目に入れても痛くないほど可愛がっているのに? 父親はブライスの母親のことをまるで女神のように大切にしているのに? それなのにブライスとブライスの母親の存在が、世間的に間違っているという扱いになることが、ブライスにはどうしても納得できなかった。だからブライスは考えたのだ。世の中の誤りは、正してやらねばならないと。


 アンナの母親がいるせいで、ブライスの母親が父と結婚できないというのであれば、アンナの母親がいなくなってしまえばいいのだ。それは、間違ったことを正そうとしているブライスにしてみれば、当然の行動だった。だってゴミはゴミ箱に捨てるもの、ゴキブリや鼠は駆除すべきものなのだ。料理の中に混じってしまった髪の毛を取り除くのに、躊躇する必要がどこにあるだろう。


 例の客人は、びっくりするほど情報通だった。アンナの母親がプラムリキュールをことのほか好んでいること、それがもはや帰ることの難しい故郷の味にそっくりであることも教えてくれた。なるほど、貴族の女も酒をたしなむらしい。それならば、話は簡単だ。


 ブライスは母親を説得して、彼女ご自慢のプラムリキュールを、正妻とやらにお裾分けすることにした。もちろんただの贈り物として渡すわけではない。ちょっとした仕掛けを施した上で、父親からプレゼントさせたのだ。


 この国の貧しい若者たちの間では、とある植物の実を水につけ込むことで手っ取り早く酔っぱらう文化がある。酩酊感はあれどもちろん本物の酒精ではないので、身体によくはない。もう少しはっきり言えば有害だ。幻覚症状や意識障害を起こした挙句、死に至ることだってある。


 だからこそブライスは、このダチュラの実を母親の手作りリキュールに混ぜたのだ。ダチュラの実だけで作った偽酒は、さすがに違法だ。飲むのだってみな良い顔はしないし、売買も制限される。それでも家で飲むお酒を少々グレードアップさせるために、ダチュラの実を少々加えることは珍しくはないのだ。


 そして長年ここに住んでいた者にとってはとりたてて気にするほどのものではなくても、遠い場所から嫁にやってきたアンナの母親にとっては明確に有害になりうるであろうことも予測していた。そしてブライスの予想通り、アンナの母親はそれから数ヶ月であっさりとこの世を離れることになったのである。


 偽物の母親がいなくなったのだから、今度は偽物の令嬢を追い出すのだ。そう、ブライスは意地悪をしてやろうと思って、アンナを虐げていたわけではない。むしろ、自分の権利を侵した悪党を、正当に罰しているつもりでさえあった。常日頃からひざまずかせていたことだって、正しく謝罪させていたのだ。何せアンナは、自分の罪さえ自覚していないようだったので。


 それは、アンナを実家で虐げているときも、実家からキャリントン侯爵家へ輿入れさせたときも同じである。ブライスが抱える正義感はあまりにも歪で、幼すぎた。そして周囲の人間に、彼女をたしなめることができる人間はただのひとりも残ってはいなかったのだ。


「だって、お姉さまが悪いんじゃない。あたしは、本当なら最初から子爵令嬢としてかしずかれていたはずなのよ。それなのに、日陰者の立場で暮らさなければならなかったの。そんなのおかしいわ。お姉さまもお姉さまのお母さまも、お父さまから愛されていなかったのに。愛されていないのに、偉そうに屋敷に居座るなんてどうかしているわ。そこは本来、あたしとあたしのお母さまがいるべき場所だったのよ」

「意味がわからないわ。父と母の結婚は、父が……正確には父のご実家が望んだものなのでしょう? 拒否権なんてなかった母を責めるなんて、筋違いも甚だしいわ」

「ほら、お姉さまはやっぱり謝らないじゃない。いくら自分のせいじゃなくっても、自分がひとを不快にさせたとわかったのなら、手をついて謝るべきでしょう?」

「……だから、私の母を殺したの?」

「いやだわ、そんな人聞きの悪い言い方をするなんて。殺したんじゃないわ。いるべき場所へ戻ってもらっただけよ」


 けらけらとブライスが笑い続ける。さすがに耐えかねたのだろうか、ブライスの後ろに控えていた神殿騎士が顔をゆがめている。吐き気か、怒りか、あるいはその両方を堪えているのかもしれない。


「これで侯爵家に輿入れしたお姉さまが不幸になればそれで終わりだったのに。何をどうやったのか、ご当主さまも、継子も手懐けちゃって。本当に面白くないわ。継子も問題児だって聞くし、間違った人間同士、通じ合うものがあるのかしらね」

「あなたなんかに、ウォルトさまとエドワードのことを馬鹿にされる筋合いはないわ!」


 母親の死の真相を前に、顔を青ざめさせながらもアンナはいまだ冷静さを保っていた。しかしブライスの矛先がウォルトとエドワードに向いた途端、怒りを露わにした。振り上げた手がブライスの頬におろされる。しかしアンナのてのひらがブライスの頬を打つことはなかった。アンナとブライスの間にウォルトが立ちふさがったからではない。アンナが小さくせき込みながら、ゆっくりとその場に倒れ込んだのである。

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