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【書籍化予定】継母になった嫌われ令嬢です。お飾りの妻のはずが溺愛だなんて、どういうことですか?  作者: 石河 翠
第二章

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 翌日、朝食の席にアンナとウォルトの姿はなかった。睡眠時間の短さを若さでカバーし、いつも通りの時刻に起きてきた秋人は、人数の足りない朝食の席に首を傾げる。そこでフォークを振りながら説明をしてくれたのは、エドワードだった。


「アンちゃんね、まだねんねしてるの。疲れているから、寝かせてあげないといけないんだよ。父さまは、ちょっと急ぎのお仕事があるから先に済ませてもう出かけちゃったってジムが言ってたよ」

「へえ。偉いひとってやっぱり大変なんだな」

「そうだよ、父さまはすごいんだから。でも、アンちゃんはどうしたのかなあ。大丈夫かなあ」

「疲れてるだけなら、寝れば治るさ。起きてるとどうしても動きたくなるみたいだし、こういう日はできるだけ寝かせてやるのが俺たちにできることだな」

「そっかあ。そうだよね。でも、アンちゃん、いないとつまんない。今日は家庭教師の先生も来ない日だし……」

「じゃあさ、俺たちでちょっといいことやってみねえ?」

「いいことってなあに?」

「おやつを作るんだよ。これを食べたらすぐに具合も良くなるって」

「それ、アンちゃんも食べられるの? 僕が病気のときは、パン粥とか野菜のスープばっかり出てくるよ」

「まあ、家によって方針は違うしな。うちじゃ、具合が悪いときは食べたいものを食べられるんだ。もちろん、病気が悪化しない範囲でだけどな。病気の時に、ご飯を食べないまま味わうプリンやアイスはまたうまいんだよ」


 悪ガキそのものと言わんばかりの顔で秋人がうしししと笑えば、悪戯とは無縁のエドワードは目を瞬かせる。


「でも僕、プリンもアイスも食べられないよ」

「わかってるよ。だから今回作るのは、グラニータだ!」

「グラニータって、あのジェラートみたいなやつ?」

「そうそう。この屋敷には、冷蔵庫……じゃない冷却用の魔導具があるんだろ? だったら作れるぜ。朝食が済んだら厨房へ行こう」

「わあい、やったあ」


ちなみに秋人とエドワードによるふたりでのグラニータ作りは、顔を真っ青にした料理長の必死の説得により中断させられた。そして、火と包丁は使わないという約束をした上でようやく厨房を使わせてもらえることになったのである。


「アンちゃんは、どっちも使わせてくれるのに」

「それは、保護者だからだろ」

「料理長がいるもん」

「料理長は保護者じゃねえ。あと、普通に大人ひとりで子どもふたりは面倒見切れねえしな」

「アッキーは、大人じゃないの?」

「自分のやったことの責任を、自分で全部とれるわけじゃないからなあ」

「ふーん?」


 材料はたっぷりのラズベリーとブラックベリーだ。旬の果物はそのまま食べても十分に甘い。指先と口の周りを汚しつつ、エドワードはフォークでラズベリーとブラックベリーを潰していく。ボールがひっくり返らないようにそばで支えるのは、秋人のお仕事だ。


「僕、桃で作りたかった」

「俺はメロンがよかったなあ。シロップ作りも自分たちでしたかったし」

「どうして、料理長は作らせてくれなかったのかなあ」

「砂糖を溶かす時に火を使うからな。あとたぶん、俺たちはシロップが冷えるまで待てないと思われてる」

「シロップが冷えるまでに、どれくらいかかるの?」

「常温になるまで一時間とかじゃねえ? 冷やすならもっとかかるな」

「……僕、料理長が作っておいてくれたシロップでいいや」


 器具が甲高い音を立てるたびに、「ひいっ」と小さく料理長が悲鳴を上げる。種を取りのぞくために裏ごしをするだけで、そわそわと自分たちの背後をうろつく料理長を若干鬱陶しく思いつつ、着々と工程を進めた。水を加えて魔導具でボールごと冷やし、定期的にフォークでかき混ぜれば完成だ。問題は、冷やすための時間が一時間単位でかかる上に、何度かかき混ぜる必要があることだろう。


「アンちゃん、喜んでくれるかなあ」

「馬鹿だなあ。お前が一生懸命作ったんだ。喜ばないわけがないだろ」

「アッキーも一緒に作ったでしょう。アンちゃん、嬉しいと思うよ」

「いや、俺が手伝っても手伝わなくても、別に味に関係はないっていうか」

「違うよ、誰が誰のために作ったかっていうことが一番大事なんだよ。誰かのためにお料理を作るって、本当に幸せなことなんだ」


 誰かが自分のために料理を作ってくれるというのは、本当に幸せなことなんだ、とはエドワードは言わなかった。その言葉の意味を噛みしめながら、秋人は脳内でこれからの流れを確認する。


「今できることはここまでだな。次は一時間経ったら、様子を見に戻ってくるか。フォークでがりがりするから、覚悟しておけよ」

「アッキーは物知りだねえ」

「俺が物知りってわけじゃねえよ。教えてもらったっていうか、言う通りに作っただけだし。自由研究っていう名前なのに、提出は自由じゃないのって本当に間違ってるよなあ」

「教えてくれたのはアンちゃん」

「ああ、うんそう、一応」


 アンナの前世である春香も、まあアンナだろうと頭をかきつつうなずけば、エドワードが頬を膨らませつつ不満を露わにした。僕は怒ってますよと言わんばかりに、腰に両手を当てている。


「アッキーは僕よりアンちゃんと仲良しでずるい!」

「俺から見ると、お前の方が俺より大事にされているように見えるけどな」

「そうかなあ」

「そういうもんだって。隣の芝生は青いって言うだろ。こっちじゃ言わないのか? まあ、いいや。大体、今はお前のお母さんだろうが。大事にしてやれよ。泣かしたら、承知しないからな」

「僕、アンちゃんのこといじめたりしないもん!」

「わかった、わかった。お前はいい奴だよ。俺もお前みたいに、可愛げのある人間になりたかったよ」

「僕、可愛いは嫌だよ。カッコ良くなるの!」

「可愛げっていうのは、そういうんじゃないんだよなあ」


 秋人はぼやきながら、妙に燃えたぎった様子のエドワードを連れて離れへ向かった。せっかく時間ができたのだ、ピアノの練習まで済ませてしまえば勉強関連で後からうるさく言われることはないだろうという算段だ。


「今からピアノの練習するの?」

「ピアノは続けないと指が鈍るからな。とりあえず、気分が乗らないなら指の練習でもするか?」


 あからさまにがっかりした様子のエドワードに、秋人はつい吹き出しそうになった。自分がエドワードと同じ年頃のときには、ピアノの練習なんてごめんだとずっとサボり続けていたことを思い出していた。覚束ない手つきを見守っていれば、エドワードが情けない声を上げる。家庭教師の先生からの課題は、もう飽きてしまったらしい。


「気分転換に曲を変えるか?」

「アッキーと連弾したい!」

「はあ。無理言うなよ。俺だって、習ったばかりの曲は弾けねえよ」

「できるよ。だって、これアンちゃんに習ったもん。じゃあ、アッキーだって弾けるでしょ」


 元気を取り戻したエドワードに合わせて、慌てて秋人も指を動かす。ありがたいことにエドワードのお気に入りの曲は、現代日本で定番の練習曲だった。これならなんとか置いていかれずに済みそうだ。とはいえ、久しぶりなせいで指を動かすだけで精いっぱいというありさまだが。


「あれ。アッキー、アンちゃんと弾き方が違うね」

「悪いな、今の俺だとお前の真似をして同じように弾くだけで精一杯だわ」

「ううん、こっちも好きだよ。低い音と高い音が、きれいに重なって気持ちがいい」

「まあ結局のところ、ひとつのピアノを一緒に弾けばそれはなんだかんだで連弾って言えるんだからさ」


 春香はパートやら介護やらで、いつも忙しそうだった。それでも秋人や夏実がピアノや勉強をしていれば、嫌な顔ひとつせず付き合ってくれていた。そのことがどれだけありがたいことなのか、今の秋人には理解することができる。人間は健康のありがたみを病床で思い出すように、家族の愛の深さを知るのはそれを失ってからなのだろう。


 エドワードの気分を上げながらピアノの練習をしばらく続け、休憩も兼ねてグラニータを混ぜ合わせる。ピアノの練習を歴史の課題や、数学の課題に変えつつ冷凍と攪拌を続け、ようやく料理長からも完成のお墨付きをもらうことができた。冷却用の魔導具の隅の方には、料理長お手製のものと思われるグラニータも見える。どうやら、かなりの心配をかけてしまっていたようだ。万が一の際には、一般的な料理番組のように完成品に差し替えられていたかもしれなかった。密かに苦笑する秋人に、エドワードが期待たっぷりの眼差しで問いかける。


「グラニータ、夕食のときに食べられる?」

「ああ、本日のデザートはこのグラニータだな。よしせっかくだから、飾り付け用の花を庭で摘んでくるか」

「僕も行く!」

「先に部屋に戻ってろ。俺もすぐに帰るから」

「だってね、おばあさまが言ってたんだよ。お庭の奥の茂みには、近づいちゃ駄目だって。うっかりしていると、お化けに頭からバリバリ食べられちゃうんだって」

「お化けが出る……なんだ、物騒だな。この庭、マムシでも出るのか。まあ、俺は大きいから大丈夫だろ。それじゃあ、余計にお前はダメだ。連れていけない。俺の代わりにグラニータを盛り付けるための食器を選んでおいてくれ。グラニータはすぐに溶けるから、食器もあらかじめ冷やしておいた方がいいって料理長が言っていたぞ」


 イーノックと一緒に庭へ行こうとしていたエドワードだったが、渋々うなずいた。自分が小さいということに納得できてはいないが、頑張って作ったデザートを美味しく食べてもらいたいと考えたらしい。


「マシューおじさん、僕の代わりにアッキーのお手伝いをよろしくね」


 エドワードが窓に駆け寄って大声をあげれば、甲高い声とともにマーモットが立ち上がった。その姿は妙に堂に入っていて、貫禄がある。


「マシューおじさん、頼むわ。エドワード、つまみ食いは料理人の特権だぞ。でも食べ過ぎるなよ。お腹が痛くなっても知らないからな」

「僕、そんなことしないもん」

「あれ、おっかしいなあ。さっき果物を潰している最中に、手と口の周りを真っ黒にしていた奴がいたはずなんだけどなあ」

「もう、アッキー!」


 ごめんごめんと笑いながら、秋人は厨房を出て行った。いくら屋敷の庭が広いとはいえ、グラニータに飾るための食用の花を見繕うくらい、とりたてて時間がかかるものではない。しかし庭に行ったはずの秋人は、どれだけ待っても戻ってこなかった。それは一緒に行ったはずのマシューおじさんも同じだ。ひとりと一匹は忽然と消えてしまったのである。

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