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【書籍化予定】継母になった嫌われ令嬢です。お飾りの妻のはずが溺愛だなんて、どういうことですか?  作者: 石河 翠
第二章

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 厨房に入れば、そこには野菜やお肉などが使いやすいように並べられていた。どれも侯爵家にふさわしく質の高いものばかりだ。真っ赤なトマトが並んでいるのを見た秋人が、顔をひきつらせているのを見てアンナは吹き出した。


「栄養と彩りのバランスを考えて作りましょうね」

「トマトなんて食べなくても、もっと別のところで栄養はとれると思うけど?」

「赤い野菜があると、ぱっと見た目が華やかになるのよ。あなたは昔からトマトが嫌いだったから、お弁当に彩りのミニトマトが入れられなくて困ったわ」

「俺は野菜とかなくてもいいし。だいたい、トマトもブロッコリーも白ご飯に合わないだろ」

「あなたがそう言うから、いつもお弁当のおかずはお肉やお魚ばっかりだったでしょう? でも唐揚げに肉巻き、鮭の塩焼きに豚の生姜焼きみたいに、たんぱく質ばっかりだとお弁当の中身が真っ茶色になっちゃうのよ」


 流行りのキャラ弁とは真逆の映えないお弁当は、秋人の姉である夏実からはすこぶる評判が悪かった。とはいえ、彼女は秋人以上に偏食だったので文句を言われてもどうしようもなかったのだ。何せ娘の要望をすべて叶えるには、毎日高級フルーツを弁当箱に詰める羽目になる。しがない一般家庭では諦めてもらうよりほかになかった。


「それで今日は何を作るの? 俺、久しぶりに生姜焼き食べたい」

「ここは日本と違って、醤油やみそが流通していないの。最近、ようやっと大豆を手に入れられるようになったくらい。だから今日はいわゆる洋風のおかずを作りましょう。みんなの分をまとめて作るから、卵と牛乳抜きのレシピなの。ごめんなさいね。あなたが日本で作るとき用に、卵と牛乳を使うレシピは後から書いておくわ」

「いつ帰れるかなんてわかんないのに?」

「大丈夫よ。備えあれば憂いなしというでしょ」


 意味ないんじゃい?とぶつぶつ言う秋人に向かって、アンナは片目をつぶってみせた。上手にウインクができなくて、顔がくしゃっとなったのはご愛敬だ。


「卵と牛乳抜き? あれ、誰かアレルギーの奴がいるの?」

「たぶんエドワードがそうなの。こちらでは確認する方法がないのだけれど、状況から考えるとそうとしか思えなくて」

「へえ。じゃあ、食事がちょっと違う感じがしたのは、卵と牛乳が入ってなかったからなのか」

「卵と牛乳を使う料理の味を知っていると、どうしても比べちゃうわよね。あれでもこの屋敷の料理長さんたちと一緒に改良を重ねて、味付けや食感なんかもかなり改善したのだけれど。普通に気づかれちゃうなんて、やっぱりちょっと悔しいわね」


 腕を組んでうなるアンナを、秋人は意外そうに眺めていた。そのあまりにも不思議そうな表情に、逆にアンナが首を傾げる。一体全体、何がそんなに意外なのだろうか。


「おふくろって、意外と料理できたんだな」

「あなたって子は、本当にまたナチュラルに失礼なことを……。他のひとにそんな口の利き方をしてはダメよ」

「わかってるって。いや、なんでだろ、おふくろは料理下手だってずっと思い込んでた」


 どんな味付けにしたところで、姑は毎日、春香が用意した準備を嬉々としてこき下ろしていた。だから子どもたちもいつの間にか、自分の母親は料理が下手だと刷り込まれていたのかもしれない。


「でも、卵と牛乳抜きかあ。俺、普通のご飯が食べたかったな」

「ふふふ、それ、夏実もよく言っていたわ。なっちゃん、いつものご飯がいい。あっくんと同じごはんはイヤなのってね」

「は? なんで? 姉貴、俺に対してめちゃくちゃ失礼じゃね?」

「それは、あなたが卵と小麦アレルギーだったからでしょう」

 

 秋人が口をあんぐりと開けたまま固まっていた。慌てて、その顔の前でてのひらをひらひらと振ってみる。


「嘘だろ? 俺、何でも普通に食べてるけど……」

「ありがたいことに、小学校に入る前に寛解しているのよ。ハウスダストやら、花粉症やら、その他もろもろには苦しめられたけれど、食べ物関係の制限はなくなったの。小麦粉や卵を食べても問題ありませんよってお墨付きをもらってからも、怖くてなかなか使う気になれなかったのだけれどね。本当に覚えていないの?」

「マジで記憶にない……」

「ずっと食べていなかったから、卵が解禁になってもなかなか手を付けなくてね。偏食だって、随分指摘を受けたわ。給食のおかずを全部残しして、学校の先生から連絡をもらったこともあるのよ。説明はしたのだけれど、わかってもらうのはなかなか難しかったわね」


 卵や小麦にアレルギーがあることがわかったのは、離乳食を始めた時だった。そしてアンナの前世である春香はしみじみと思い知ったのである。この世の中の美味しいものには、ことごとく卵と小麦が入っているのだということを。何せ、離乳食ですらこの卵と小麦が入っていないものを選ぶとなると、数が限定されてしまうのだ。


 もちろん姑と夫からは、アレルギー持ちの子どもが生まれたのは春香のせいだと責められた。夫たちの罵倒の声と一緒に、ぱんぱんに腫れあがった秋人の顔を思い出し、アンナはそっと頭を振った。


「住んでいる地域柄もあるのでしょうけれど、あまりアレルギー対応の製品もなくて。結構、料理は頑張ったのよ。昔とった杵柄が、今こちらの世界で役に立っているなんて不思議なものだわ」

「あのチビのごはんもそうだけどさ。……小さい頃から、俺だけに卵と小麦抜きのご飯にしなかったのはなんで? なんでみんなで同じもの食べてんの?」

「だって、自分だけ違うご飯なんて寂しいでしょう? 大人は自分の身を守るために、食べてはいけないものを理性で我慢するけれど、幼い子どもには難しい。特に、お姉ちゃんは食べているのに、僕だけは食べられないというのはね。食事は身体と心を成長させるものだから、苦行になるのはよくないの。夏美には家の中では一緒に除去食を食べてもらう代わりに、幼稚園や外で好きなものを食べてもらってバランスをとっていたつもり。それでも、夏実には不満が積もっていたでしょうね」

「親父とばあちゃんも、よく除去食で我慢したなあ」

「……おばあちゃんは何回か除去食を食べてから、自分の食事は全部外食かお惣菜を買ってきていたわよ。あなたが寛解してからは、また一緒に食べるようになったけれど」


 ちなみにかつての夫は、そもそも家で食事をしていない。外食なのか、浮気相手の元で食べていたのか、それは定かではないが。


「じゃあ、エドワードはこれから先も除去食を食べるのか。大変だな」

「もう少し大きくなったら、除去食がないときに何を食べてはいけないか自分で見抜く訓練をしなくてはいけないでしょうね。この世界では弱みをひとに見せられないから」

「うっかり、自分が食べられないものを食べないように?」

「気が付かずに食べてしまうこともあるし、あなたのおばあちゃんのようにアレルギーは甘えだと言って、無理矢理食べさせてくる場合もあるから。本当に油断できないのよ」

「あんのババア」


 秋人がうっかり口走ったその言葉を、今回ばかりはアンナは聞かなかったことにした。何せこの件に関して、アンナもまた姑を許するつもりは一切なかったので。

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