第2話「面倒ごとは、いつも俺」
百合要素ありのコメディです。主人公は体が男女に入れ替わります。
明日の夜更新予定でしたが、楽しくなっちゃったので描きました。
入学式後、先生の指示により、能力を測るために実践形式の模擬戦が行われることとなった。訓練場には、能力者の卵たちが整列している。
広いグラウンドの真ん中に、白い線で円が描かれている。模擬戦用のリングだ。
「今から模擬戦を行う。実力を測るための模擬戦だ。勝敗は問わんが、手の内を見せすぎるな。そして怪我には十分気をつけるように。対戦相手は自分で選べ。気になるやつと戦うといい」
教師の声と同時に、ざわめきが広がる。俺は赤いジャージの袖をまくり、軽く肩を回した。
(あら、やる気ね。宣言するときだけは立派)
『俺もやる時はやるさ。どうせお前はやらないんだろ?』
(よくわかってるじゃない。私は見てるわ)
こういう時だけは、こいつも素直だ。面倒くさいという理由だけで、本気を出さない。それでいい。こいつのやり方はもうわかっている。
「おーい、ミヤビ!」
手を振りながら走ってきたのは、赤い髪をセミロングに揺らした少女だった。日焼けした肉付きのいい腕と、明るい笑顔。
「あたしは茜。さっきの変身、すげえ面白かったぞ。よろしくな!」
「……どうも。よろしく。」
「組んでくれるよな? あたし、あんたとやりたかったんだ」
茜は拳をまっすぐ突き出した。手のひらが、うっすら熱を帯びている。身体強化と炎の能力者だと、一目で分かった。
「……光栄だ。じゃあやろうか」
拳を軽く合わせると、重い鉄を叩いたような感触が腕に走った。この細身の体のどこに、これほどの力があるのか。
「いい拳だな」
「へへ、あんたも。入学式で見たときから、絶対こいつとやってみたいって思ってたんだ」
茜は、少年のように歯を見せて笑った。こちらもつい、口元が綻ぶ。
(……へぇ。珍しいじゃない。今、顔が弛んだわよね?)
『黙っていろ』
(あなた、あの子のことが好みなの?)
『拳で語り合う相手を、認めているだけだ』
(ふーん。そういうところ、ちょっとムカつくわ)
『……何を言ってる。』
(さぁね?まあせいぜい頑張りなさい。)
模擬戦は、リングの中で始まった。
「全力で来いよ、ミヤビ!」
「……手加減なんてしないさ」
俺が構えると、茜の拳が炎をまとって飛んできた。
重い。だが、受けられる。腕で拳をいなし、体重を乗せた踏み込みで、肉薄する。
「おっ、やるじゃん!」
茜の回し蹴りが、脳天を狙ってくる。俺は身を沈めてかわし、その足を掛けて体勢を崩した。
「うわっと!」
茜は地面を踏んで、炎の勢いで立ち直る。烈火のように燃える拳が、何度も俺の腕を掠めた。
汗が頬を伝う。互角に近い。だが、俺は俺の実力の限界をよく知っていた。
(ねえ、すごい熱い勝負じゃない)
『今は戦闘中だ、黙っていろ』
(茜ちゃん、近くで見るとすごくかわいいわよね。私が相手したい)
『絶対にやめろ。入れ替わるな』
(ふふ、私があなたの言うことを聞いたことがあったかしら。はい、交代)
『おい――!』
視界が揺れた。髪が肩に落ち、体が軽くなる。
――目の前に、茜の拳が迫っていた。
私は、指先をひとつ、ひらりと動かした。
茜の炎が、ふわりと霧散した。
「……え?」
「ごめんね、茜ちゃん。あなたの拳、もう少し近くで見たくて」
私は一歩踏み込み、茜の拳を片手で受け止めた。熟せられた鉄のような熱さ。でも、不思議と、痛くはない。
「すごく熱いのね。かっこいい。そして可愛いわ。美しくもある。」
茜の耳が、ぼっと音がしそうな勢いで赤くなった。
「な、ななな、何を急に……!」
「ふふ、照れてる顔もかわいい」
(なぜ毎回邪魔をする。たまには俺にもある程度自由にさせてもらいたいもんだ。)
(いいじゃない、あなたじゃ勝てなかったわよ?私が一番強いんだから。じゃあ一応決めておこうかしら。)
指を鳴らすと、茜の足元に魔法陣が展開した。優しい光が、彼女を包み込む。拘束ではない。ただ、動けなくなるほど心地よい魔法。
「勝負あり、ね」
茜の膝が、かくんと折れた。茜は、立っていることすらできない。
「……あ、あれ? 力が、入らない……」
「大丈夫。ちゃんと支えてあげるから」
私は茜の腕を肩で支えて、そっと地面に座らせた。茜は、真っ赤な顔で俯いている。
「……強すぎる。こんな負け方はじめて……」
「あら、どういう意味?」
「う、うるさい! 見るな!」
茜は、両手で顔を隠した。かわいい。この子で遊ぶのはなかなか楽しそうだ。
『やりすぎだ、このバカ。それに戦うなら最初からやってくれ。俺が弱いみたいになるだろ』
(あら、でもあなたの戦い方も、悪くなかったわよ)
『……誉められても、嬉しくない』
訓練場が、しんと静まり返っていた。
「……今の、誰だ」
誰かが小さく呟いた。リングの外で見ていた生徒たちが、色めき立っている。
「さっきまで、拳で戦ってた男子だったよね?」
「完全に女の子になってたわよ。あれ、別人じゃないの?」
「しかも、茜を一瞬で……」
ざわめきの中で、二つの視線が、ひどく鮮明に感じられた。
一つは、輪の外で目を輝かせている、茶色のショートボブの小柄な少女。隣の席に座っていた、小春だ。
もう一つは、校舎の窓と同じ高さの観客席から、じっとこちらを見下ろす、黒髪の少女。手元でペンが走っている。
(あら。観客が増えてる)
『お前が出るとこうなるんだ。それが嫌だからいつも出てこないくせに。色々と見られたぞ』
(でも、結果として、いい感じじゃない? 小春ちゃん、キラキラした顔でずっとこっちを見てるもの)
『……いい感じ、ね。こうなるなら次は最初からやってくれ』
私は、赤髪の少女の肩を抱いたまま、観客席の小春と黒髪の少女へひらひらと手をふる。
黒髪の少女は、視線に気づかれていたことに驚いたが。それでも視線を逸らさなかった。
(……あら、あの子。ちょっと、気になるわ)
『やめろ。次は、そいつに手を出す気か』
(うーん、あの子が私のことを好きなんじゃないかしら。ずーっと私こと見てるわ。入学式の時からね。)
『なっ――!』
リングの真ん中で、ジャージの姿のまま座り込んだ茜が、小さな声でつぶやいた。
「……あんた、男のときと、すげぇ違うんだな」
「あら、どっちが好き?」
「……ど、どっちもその、すげぇと思うけど、でも、こっちは、目を見られない」
「ふふ。それは、照れてるってこと?かわいいわね」
茜は、もう何も言えなかった。
(決めたわ。この子も、わりと長い付き合いになりそう。ハーレムの2番目はこの子に決まりだわ。)
『……もう、何も言わん』
私は、赤髪の少女の頑張りを褒めてから、ゆっくりと立ち上がった。
訓練場のざわめきは、まだ止まらない。
「あれ、誰なの?」
「同じ人間に、見えない」
「何の能力かもわからなかった」
――入学初日の騒ぎは、どうやら、始まりにすぎなかったらしい。
(後始末は、あなたに任せるわ、真面目くん)
『……「任せる」と言いながら、今回も自分でやっただろう』
ミヤビは再び男子の姿に戻り、面倒ごとを押し付けられたのだった。
お読みいただきありがとうございます。次話は明日の夜に更新します。




