第1話「女の子の園に、一人(いえ、二人)」
百合要素ありのコメディです。主人公は体が男女に入れ替わります。
能力者が集まる、とある学園での入学式の朝。
昨日から入寮した学園寮の洗面所の鏡の前で、私は髪を梳かしていた。
窓の外には、新しい制服を着た女の子たちが、桜の下を歩いていく。ポニーテール、三つ編み、ふわふわのツインテール。どれを見ても、かわいい。
「……最っ高」
小さな声で1人呟く。
『おい』
頭の奥で、低い声がした。
『洗面所を占領して何分目だ。入学式は九時からだぞ』
(まだ七時でしょう。真面目くんは心配性ね。今日はとびきり可愛くしないといけないのよ?これくらい仕方ないわ)
『それと、今朝の寮の廊下の掃除を引け受けていたよな?』
(そうだったかしら)
『そうだ。昨日、自ら志願していただろう』
(ああ、あれ。寮長の先生が可愛かったから、真面目さをアピールするために書いたけど、やるとは言ってないわ)
『はぁ。何を言ってるんだ。』
私は鏡の中の自分に、にこりと微笑んでみせる。
黒く長い髪、キリッとしたきれいな目元、少し甘い声。そして誰もが羨む妖艶なスタイル。
女性からも男性からも好かれたことしかない見た目
。
これが私。これから、この学園の女の子たちを片っ端から落とすための武器だ。
能力者が通うこの学園は、生徒のほとんどが女の子。
この世界ではほとんどの能力者が女性であるが、その中でもこの学園はレベルが高いと言われている。
しかし能力開発力の高さや将来性の担保のためにこの学園を選んだのではなかった。
私がここを選んだ理由は、ただ一つ。この学園は女の子の容姿のレベルが高い。
そのためだけに入学を決めた。
(じゃあ体力のあるあなたに掃除は任せましょう、廊下の掃除、お願い。後から先生に怒られないようにちゃんとやってよね)
『断る。自分の当番は自分でやれ』
(私は、か弱い女の子なのよ?はい、交代)
『おい、待――』
視界が揺れて、肩幅がぐっと広がる。髪が短くなり、体が重くなった。鏡の中には、がっしりした体つきの、真面目そうな男子生徒が立っている。
服装もまた男性の服装に変わっている。
――これが、もう一人の私。
俺は、深くため息をついた。
「……また、これか」
入れ替わりの主導権は、あいつにしかない。俺が拒否しても、意味はない。慣れてはいるが、納得はしていない。
箒を手に取り、廊下に出る。
新入生たちが、ちらちらとこちらを見ていた。
本来、女子寮であるため、男の俺がこの寮の廊下にいるのは、珍しいのだろう。
しかし基本的に男性の能力者は力が弱いとされている。あまり驚異ではないためか、あまり騒ぎにはなっていなかった。
「あの、ごめんなさい。お掃除、手伝いましょうか?」
声をかけてきたのは、ルームメイトらしい、おっとりした少女だった。
「いえ、大丈夫です。当番ですので」
俺は丁寧に頭を下げる。少女は目を丸くして、ほんのり頬を染めた。
少女はぺこりと頭を下げ足早に外へ向かった。
(――ちょっと)
頭の奥で、冷えた声がした。
(今、いい雰囲気だったわよね)
『掃除を手伝おうとしてくれただけだ』
(私が口説く前に、先に好感度を上げないで)
『知るか。お前が俺に掃除を押し付けたんだろう』
(……仕方ないわね。後で上書きしておくわ)
『何を』
(さあ?)
俺は無言で、廊下を掃き続けた。これが俺の日常である。
掃除が終わり、入学式へ向かう。髪の毛のセットに時間をかけすぎたためか、案の定時間はギリギリだった。
入学式の会場は、広い講堂。
新入生たちが、整然と席に着いている。見渡す限り、女の子、女の子、女の子。
(ふふ、素晴らしいわぁ。可愛い子ばーっかり。)
『……お前、その顔をするなよ?』
(どんな顔のことを言ってるのかしら)
『にやけ顔だ。周りに怪しまれるぞ』
(大丈夫よ、今は私が表に出てないもの)
そう言いながら、頭の奥で、女の方のミヤビが鼻歌を歌っている。
女の子の関係でしか基本的にやる気を見せない人格だ。だが、あいつは自分と可愛い女の子のためなら動く。
隣の席に、金髪ショートボブの小柄で可愛い女の子が座ろうとしている。緊張しているのか、膝の上で手をぎゅっと握りしめていた。
「あ、あの……隣、いいですか?」
「はい。どうぞ」
俺が答えると、少女はほっとしたように笑った。
(……かわいい)
『黙れ』
(だって、あの子、すごくかわいいわよ。私に代わりなさい)
『式の最中だ。やめろ』
(ええー、やだ。かわいい子の隣に、男の体でいるなんて損よ)
『絶対に入れ替わるな』
(はい、交代)
『おい、ここで――!』
視界が揺れた。肩幅が狭まり、髪が肩に落ちる。
――そして、制服も女子用の可愛らしいスカート、ブレザーに変わる。
周囲の視線が、一斉に刺さった。講堂の空気が、凍りつく。やがて、あちこちからひそひそ声が聞こえてきた。「変身系の能力者?」「体格まで変わるなんて、すごい」
「…………え?」
隣の席の女の子が驚く。
その様子に私は、にこりと微笑んだ。
「びっくりさせたかしら?気にしないで。私は少し特殊な体質なの」
そして女の子の手に触れる。
「あなた、とっても可愛いわね。あなたと仲良くなりたいわ」
女の子は顔を赤らめ小さくキャっと声を上げる。
周囲がこちらに注目してしまう。
(あら、びっくりさせちゃったかしら。すこし口説こうとしただけなんだけど。誤算だったわね)
『何が誤算だ! 初日から問題児だぞ!』
隣の少女は、口をぽかんと開けて、私を見つめていた。その頬が、ほんのり赤くなっている。
(……あ、いい反応)
(だから、そういう問題では――)
式が終わり、教室へ移動した。
途中、先生からすこしお小言をいただいたが私は意に返さない。
教室の前に立った担任が、出席簿を開く。
「では、自己紹介をしてもらおうか。順番に、名前と、能力を一言で」
一人、また一人と、立ち上がっていく。炎を操る子、風を読む子、物を浮かせる子。みんな、違ってみんなかわいい。私は夢の中にいるみたいだった。
「次、ミヤビ」
私は、ゆっくり立ち上がった。
「ミヤビです。よろしくお願いします」
首を少し傾けて、微笑む。教室の何人かが、ほう、と息を呑んだ。
「能力は……そうですね、いろいろあります。基本的にはヒ・ミ・ツ。ミステリアスな方が気になるでしょう?仲良くなってゆっーくり教え合いましょう?」
さっきの騒ぎで、私は「体を変えられる能力者」ということになったらしい。都合がいいので、訂正はしない。
笑いが起きる。悪くない掴みだ。
席に着くと、隣のショートボブの少女が、おずおずと私を見た。
「あの、さっきの……男の人、は……?」
「ああ、あれ? ちょっと体質があってね」
私は声を少し落として、彼女の方は乗り出し、耳元で囁く。
「驚かせちゃったわね。ごめんね。でも、あなたと同じクラスになれてよかった。あなたと[仲良く]なれたら嬉しいと思っていたの」
少女の頬が、さらに赤く染まった。
(……すごくかわいい。私好みだわ。)
『おい。能力は使っていないだろうな』
(使ってないわよ。能力で落としても意味がないもの。過程が大事なのよ?これが私の流儀)
『……それは認める。だが、俺の存在を「体質」で済ませるな』
(はいはい、あとでね、真面目くん)
「あの、私、小春っていいます」
少女は、胸の前で小さく手を握りしめた。
「よろしくね、ミヤビちゃん」
「こちらこそ、小春」
名前を呼ぶと、小春の肩がぴくりと跳ねた。かわいい。かわいすぎる。
(決めたわ。この子から落とす)
『早速すぎる。やめろ』
(落とすったら落とす。この子が私のハーレム1号ね)
私は、窓の外の桜を見た。
この学園での三年間が、楽しみで仕方ない。
――そのとき、背中に、ひやりとした視線を感じた。
振り返ると、教室の窓際の席。黒髪をきっちり結んだ少女が、ノートを広げたまま、じっとこちらを見ていた。
私と目が合っても、視線を逸らさない。
(……あら)
『気づいたか。あいつは、勘が鋭そうだ』
(ええ。面白そう。それにとっても可愛いわね)
ミヤビはすこし熱を帯びた視線で見返す。
それにあの子も気づき、目を逸らす。
入学初日。私の物語は、思ったより騒がしく始まった。
お読みいただきありがとうございます。次話は明日の夜に更新予定です。




