第13話 「生徒会室のルール説明」
買い物をした休日から、一週間が経った。
生徒会室の扉の前で、俺は小さく息を吐いた。
今日は週に一度の監視の日。そして、それに加えて、もう一つ用事があった。
「……クラス代表として、装置の受け取りに来ました」
凛が扉の前でノートを抱えている。その後ろには、茜と小春。
三人とも、なぜか俺と目を合わせようとしなかった。
「……三人とも、どうした。顔が赤いぞ」
「べ、別に!」
「こ、このあたりが、暑いだけです……」
「で、でも、ミヤビちゃんを見ると、ちょっと……」
三人の説明は、もはや説明になっていなかった。
(あらあら。この前のデートが、まだ効いているようね)
『浮かれるな。今日は真面目な用事だ』
(分かっているわよ。少しくらい楽しんだっていいでしょう?)
『……まったく』
そのとき、生徒会室の扉が勢いよく開いた。
「――はいはい、みんな! そこで固まってないで、さあ入って入ってー!」
水色の髪が、ぴょんと跳ねる。
「やっほー! ミヤビくん、元気してた?」
満面の笑みで俺たちを迎えたのは、生徒会長のヒナタだった。
「……相変わらず、元気そうですね」
「もちろん! 元気が取り柄だからね!」
ヒナタ会長は楽しそうに笑いながら、俺たちを生徒会室の中へ招き入れた。
*
生徒会室の中央には、大きな地図が広げられていた。
森と、丘と、湖と、廃墟。
学園の演習場は、思ったよりずっと広い。
「さて、ご存じの通り、来月の行事は『クラス対抗フラッグバトル』! 運営は、わたしたち生徒会が担当します!」
ヒナタ会長は指示棒を振り回しながら、説明を始めた。
「ルールは簡単! 各クラス、旗は一本。フィールドのどこかに立てておいて、相手の旗を取り合う。相手の旗を奪うか、相手クラスの戦える生徒を全員脱落させたら勝ち。一回きりの真剣勝負だよ!」
「……ダメージの判定はどうなりますか?」
凛が手を挙げた。
「いい質問! 桃香ちゃん、お願い!」
「……はい」
桃香がピンクのツインテールを揺らしながら、箱を抱えてやってきた。
「これが装置です。腕につける、腕輪型。攻撃を受けるとダメージが蓄積されて、一定値を超えたらダウン扱い。その場で脱落です」
「……実際に傷つくのではなく、装置が判定する、ということですね」
「そうですよ。優等生さん」
桃香は、くいっと顔を上げて煽るように凛を見た。
しかし、すぐに目を逸らす。
「……それと、ミヤビ。あんたはちゃんと装置をつけること。すぐに外したりしないでよね」
俺は桃香の顔を見た。
相変わらず、口では強気なことを言うくせに、どこか落ち着かない様子だ。
(……ねえ。今の、ちょっと可愛くなかった?)
『おい。説明の最中だぞ。やめろ』
(はい、交代)
俺は意識を切り替えた。
視界が揺れ、肩幅が狭まる。髪が肩に落ち、体の重心が変わった。
「あら、心配してくれてるの?」
私は一歩近づき、桃香の手を取った。
箱を抱えていた細い指を、そっと包み込む。
「ありがとう。あなたに心配されるのは、悪くない気分よ」
「し、心配じゃないっ! いつもいつも、ルールを無視するからっ!」
桃香の耳が、ぽっと赤く染まった。
手を引こうとしているのに、なぜか引けないでいる。ツインテールの毛先まで、ぷるぷると震えていた。
「は、離してくださいっ。ざ、ざぁこのくせにっ……」
「あら。離してほしいの?」
「…………べ、別に、そこまでは」
(あいかわらず、ちょろい子ね)
そのとき。
背後から、冷たい視線が三つ、突き刺さった。
「……ミヤビさん。説明中です」
凛がノートを閉じる音を、わざと大きく立てた。
「おい、ミヤビ。手、長ぇぞ」
茜が腕を組んで睨んでいる。
「…………むう」
小春は頬をぷくっと膨らませていた。自分でも、なぜ怒っているのか、よく分かっていない顔だった。
「あらあら。そんなに睨まなくても。あなたたちも、ちゃんと大好きよ?」
『黙っていろ。真面目に聞け』
(……はいはい。今日は、このくらいにしておくわ)
『いつも、そう言うだろう』
(はい、交代)
もう一度、意識を切り替える。
視界が揺れ、肩幅が広がる。体が重さを取り戻した。
俺は桃香の手をそっと放し、姿勢を正した。
「……失礼しました。続きをお願いします」
「ふ、ふん。最初から、そうしなさい!」
桃香は赤い顔のまま、そっぽを向いた。
「はい、では装着していきますね。こちらの書記に設定してもらうので」
千草が、おっとりと手を叩いた。
部屋の奥から、黒髪ボブの地味な書記が無言で現れた。手には、腕輪型の装置を載せた皿がある。
「……ミヤビさん、腕を。先に設定します」
小さな声だった。
俺は黙って左腕を差し出した。
書記の指先が、俺の手首に触れる。
冷たい。
そして、わずかに震えている。
(……あら。やっぱり、この子ね)
『分かっている。何も言うな』
(もちろん。今は、ね)
書記は腕輪を装着し、手元の端末を操作した。
「……装着しました。登録をします」
腕輪の表面に、ゆっくりと青い光が走る。
――その直後。
「……エラー」
腕輪が赤い光を点滅させた。
書記の肩が、びくっと跳ねる。
千草の目が、わずかに細められた。
「あら。どうしたの? 故障かしら?」
「す、すみません。魔力の測定で、一瞬、ノイズが……」
「設定をやり直してください。落ち着いて、ゆっくりでいいですよ」
千草が穏やかに声をかけた。
一方、ヒナタ会長は部屋の中央で、にこにこと手を振っている。
「あはは、大丈夫、大丈夫! ミヤビくんの魔力が特殊だから、装置がうまく測定できなかったのかもね!」
明るい声。
いつもと変わらない笑顔。
けれど、その琥珀色の目が、一瞬だけ俺を射抜いた。
笑ってはいなかった。
(……あの会長、わざとこう言ったわね)
『……書記を責めさせないように、先に理由を用意しているのか』
(ええ。フォローして、泳がせて、監視を続ける。思ったより優しくて、怖い人よ)
『……お前も似たようなものだろう』
(失礼ね。私はもっと可愛いわよ)
『そこは関係ないだろ』
俺たちが内心で言い合っている間に、書記は再び設定を始めた。
今度は、赤い光が点滅することもなかった。
「……設定、完了しました」
書記は、ほっとしたように小さく息を吐いた。
「ありがとうございます」
俺が礼を言うと、書記は一瞬だけこちらを見た。
その目には、安堵と、何か別の感情が混じっているように見えた。
しかし、彼女はすぐに視線を落とし、次の装置を手に取った。
*
「――さてさて! いよいよ、対戦カード発表の時間だよ!」
ヒナタ会長が、小さな箱を高く掲げた。
中には、くじ引き用のボールが入っている。
「組み合わせは完全ランダム! 学年も横断して決めます! ワクワクするね!」
「……学年横断?」
凛の眼鏡が、きらりと光った。
「一回きりの対戦で、組み合わせが完全にランダムなら、相手は上級生の可能性もあるということですね」
「うん! 三年生のクラスと当たることだってあるよ!」
ヒナタ会長は元気よく笑った。
「では、運命の対戦カード! 一年A組の相手は――」
箱の中に手を突っ込み、勢いよくボールを取り出す。
赤いボール。
表面には、はっきりと『三年A組』と書かれていた。
「……三年A組です」
凛がボールを見つめて呟いた。
「えっ。このクラスって、まさか……」
茜が目を見開いた。
小春も、思わず耳に手を当てる。
「そうだよ! わたしと千草ちゃんのクラス!」
ヒナタ会長は、水色の髪をぴょんと跳ねさせながら、くすりと笑った。
「くじ運、最高だね! 準備、楽しみにしてるよ、ミヤビくん」
琥珀色の目が、静かにこちらを見ていた。
これは、偶然なのか。
それとも――。
(……面白くなってきたじゃない)
『どう見ても、強敵だぞ』
(だから面白いのよ。それに、可愛い子たち絡めるんだもの。きっと楽しいわ)
『……その発想は、いつも通りだな』
俺の手首で、腕輪が青く静かに光っていた。




