第49話・メルリアの欲望が爆発する
ダナンがお皿にチーズを乗せて戻ってくる。
一口大に切ったチーズの色や質を眺める。
匂いは強くない。
薄い黄色のしっかりとした固さのチーズだ。
メルリアはチーズを口に入れると、香りが鼻を抜けていく。
「うん、美味しいわ」
一般的なチーズの味だった。
ミニマの卵ほどの衝撃ではなかったが、想像していたチーズの味だった。
そこにメルリアの欲が顔を出した。
「これよりもっと美味しく作れるんじゃないかしら?」
メルリアはダナンに近づいた。
「いや、お嬢様、これは保存食ですよ?」
「美味しく食べる方法は沢山あるわ」
薄くスライスしてサラダにトッピング。
カルボナーラなどのスパゲッティソースやスープにグラタン。
でも──。
「ねぇ、ダナン、これよりもっと美味しいチーズができると思うの!」
「この牛乳を使ってですか?」
「うん!」
メルリアはグルドフにも意見が聞きたかったので持って帰ることにした。
水分がしっかり抜けたチーズは熟成庫で出来上がる。
「そういえば、チーズを作るのにどれくらいで、出来上がるの?」
「三ヶ月ほどですね」
(熟成には時間がいるのね)
これから大仕事になりそうだが、メルリアは張り切っていた。
* * *
メルリアは夕食時にグルドフにチーズを見せた。
少し切り分けたチーズもお皿に乗っている。
チーズを見たグルドフの反応は淡白なものだった。
ロアンの大袈裟な反応に慣れてしまったのか、グルドフにも『美味しい』と言ってくれるチーズが作りたい。
「だから、美味しいチーズを作るためにグルドフにも協力してほしいの!」
「はい、いいですよ」
グルドフはなんでもメルリアのやりたいことを手伝ってくれる。
グルドフが怒ることはあるのだろうか。
今度、グルドフも連れて、チーズ作りを見ることになった。
メルリアは満足そうに頷いた。
「それとね──」
籠に持って帰ってきたのはミニマの卵である。
茹でるとどんなに美味しいか手振り付きで熱弁する。
ロアンも大袈裟に賛同してくれる。
そして一番大事なことをメルリアは伝える。
「ミニマはとっても、とっても可愛いの。もふもふしてて、すごく癒されるの」
「それはよかったな」
相槌を打つアーノルド。
「だからミニマがほしい!」
「お前は牛が欲しかったんじゃないのか?」
「牛もミニマも欲しいの!」
アーノルドとメルリアが牛とミニマを巡って、大声で話している。
アーノルドは強く否定できない。
「ダナンのところに通えばいいだろう? アルトとタンダも毎日来てるんだから」
メルリアは口を尖らせた。
(分かっているけど⋯⋯)
欲しい気持ちを否定されると、余計に欲しくなる。
アーノルドは助けを求めるようにバルドを見た。
バルドは成す術もなく下を向いて頭を横に振る。
話の落としどころがなかった。
そこへメルリアの隣にシエルがやってくる。
「今度、私もミニマが見てみたいですわ。見たら可愛らしさも分かりますから、そしたらミニマのぬいぐるみを作りましょう」
シエルは聖母の顔つきで柔らかに笑みを向けた。
メルリアは頬を赤くしてシエルに抱きつく。
なんだが今日は甘えたい気持ちになっていた。
「本当!? すごく嬉しい! とっても可愛いからシエルも好きになると思うの」
「メルリア様とミニマの戯れる様子は聖典の挿絵にしてもよいくらい神々しいです。身体が溶けるくらいまばゆい光に満ちています」
背景で、力を込めて主張するロアン。
アーノルドは肩の力を抜いて、縋るような目をシエルに向けた。
「シエル、感謝する」
「光栄ですわ」
後日──。
秋晴れの空が澄んだ青色をしていて気持ちのよい。
メルリアとシエルたちはミニマを見に行くと、可愛いの大洪水がまたやってきた。
もふもふしたミニマたちはシエルにも集まってきた。
シエルは時々嬉しそうな声を上げながら、愛おしそうにミニマたちの頭を撫でていく。
シエルは一匹のミニマを抱き上げると、頬ずりした。
メルリアはシエルとミニマの組み合わせに尊さを存分に感じる。
いや、我慢できない。
(あぁ、シエルとミニマの組み合わせは癒しが渋滞しているわ。この瞬間を聖典の挿絵にしたいの!)
メルリアは心の中で盛大に叫んだが、ロアンとやっていることはあまり変わらなかった。
それからチーズ作りである。
グルドフも一緒に来れたので、チーズ作りに参加してもらった。
手順や道具などを細かく確認していくグルドフ。
そこで手が止まった。
グルドフもレモネの実は初めて見るらしい。
実物をぐるぐると回しながら観察している。
ダナンが中を切って見せてくれると、ダナンの説明に頷きながら匂いや味を確認している。
以前、ダナンに見せてもらった瓶入りの熟成レモネ果実の作り方を教わるグルドフ。
ダナンにいくつかレモネの実をもらうと、屋敷でも試作することになった。
チーズが出来上がるのに、少なくとも三ヶ月かかるのでチーズの出来上がりは春になりそうだ。
そんな忙しくも楽しい毎日が一変したのはニックがリコルディ男爵に呼ばれたからだった。
メルリアは心配そうにシエルとカイルと待っていた。
シエルはメルリアの手を強く握り、背中を擦ってくれた。
メルリアはニックが戻ってきた姿を見て、緊張の糸が切れたように眠ってしまったのだった。




