第44話・ニックの華々しい決着(後編)※挿絵あり
アーノルドは喉が鳴った。
リコルディ男爵の誠実さな眼差しがニックに注がれる。
アーノルドの指を交差させた手が落ち着かない。
ニックはいつもと変わりないような穏やかな雰囲気だった。
「すみませんが、今はアーノルド様のお屋敷の使用人でして」
ニックは平民なので、男爵の提案は断れない。
ニックはアーノルドの方を向く。
その瞳は『メルリアに尽くしたい』と言ったときと同じだった。
「リコルディ男爵、大変申し訳ないのですが、ニックはこちらの使用人です。私は手放す気はございません」
その言葉に男爵の瞳から光を失った。
ソファでうなだれる。
「⋯⋯⋯⋯そうですか」
ニックは持ってきた袋の中から何かを取り出すと男爵の目の前に置いた。
天使の木彫りに見える。
よく見るとメルリアに似ている。
男爵はそれを手に取り熱心に見ている。
先程のニックを誘ったときのような熱心な顔に戻る。
「これは⋯⋯?」
「クアココットの豊穣の女神です。もうすぐ聖礼祭があるでしょう」
聖礼祭とは冬の加護を祈るお祭りだ。
厳しい冬を乗り越え春の芽吹きを祈る初冬に行われるもの。
家の前にはリースと呼ばれる細い木の枝を編み込んだ輪を飾る。
ニックは持ってきたリースの中にその木彫りを引っ掛けた。
「このようにして使います──」
「いくらで買える?」
男爵は食い入るようにしてニックを見る。
大事そうに木彫りを手で包んでいる。
ニックの顔は綻んだ。
アーノルドは驚いたような目でニックを見つめた。ニックの嬉しそうな笑顔を初めて見た。
「それでは銀貨五枚でどうでしょうか?」
手彫りの人形でも高い相場。
男爵は目を大きく見開いた。
「今までの相場ならそれくらいかと思ったのですが、高いですか?」
「⋯⋯そうか、あの家具職人に売上代金を中抜きされていたんだったな」
ニックは難しい顔をする。初めて聞く話のようで、男爵の言葉に耳を傾ける。
「これは少なくとも金貨五枚はする。あの家具職人の帳簿を見たのだが、ニックに渡っていたのは、金額の一割程度だ」
「一割程度!?」
ニックの目が点になった。
それを見たアーノルドは大いに呆れたが、笑いがこみ上げてきた。
ニックはアーノルドの反応を見て、少し考える。
「旦那、新しい仕事を請け負ってもいいですか?」
「もちろんだ」
ニックは男爵の方へ向き直り、居住まいを正す。
「金貨五枚でお売りすることもできます。ですが、金貨十枚で、追加の注文を受けることもできます。例えば大きな木彫りとか」
聖礼祭までは残り一ヶ月ほど。
専念すれば出来上がるとニックは伝えた。
大きく顔を綻ばせた男爵。
答えは決まっているようだ。
「それはもちろん決まっている。これは金貨十枚で買わせてもらおう」
ニックは立ち上がり正式な礼をする。
そして、高額な取引となるため、契約書を作ることになった。
「リコルディ男爵、今後はギルドを通していただきたい。オラン町でガルドという男がグローサーズギルド(食品商会所)をやっております。その息子が今回ギルドを、立ち上げます」
アーノルドたちは用事が終わると馬車に乗り込んだ。
アーノルドは嬉しそうに、顔を歪めた。
憎まれ口を叩く合図だ。
「ニック、よく考えているじゃねーか」
行きとは打って変わって、さっぱりとした顔をしているニック。
「それを言うなら旦那もですよ。ギルド設立なんて初耳でしたよ」
「⋯⋯⋯⋯思いつきで言った」
バルドは呆れたため息をこれみよがしについた。
「ロアンの悲鳴が今から聞こえてきそうです」
* * *
夜の帳が下りてしばらくした頃、自然の中に一軒の屋敷が見えてきた。
メルリアやカイルを起こさないように、馬車は速度を落とす。
馬車が着いて、玄関まで歩いていくと、アーノルドたちが開ける前に扉が開いた。
シエルが顔を覗かせた。大きく扉が開くと、そこにはメルリアとカイルの姿。
眠そうに目を擦りながら明後日の方向を見ているメルリア。
「お嬢様、皆さまおかえりですよ」
「ふぇっ?」
ニックの姿が目に飛び込んてきた。
ニックから貰ったクローゼットを見て、男爵に呼ばれたときから、メルリアは心配していた。
(良かった〜、ニックは帰ってきた)
メルリアは大きく安堵した。
「ニック、お帰りなさい」
ニックと目が合った。するとニックが破顔した。とても嬉しそうな顔。
「お嬢様、戻りました」




