第41話・家具職人ニックは男爵位の授与が決まった
何日かしてアーノルド、バルド、ニックの三人はリコルディ領に出掛けることになった。
メルリアたちに笑顔で見送られる。
馬車に入ると、ニックがこう話し始めた。
「実は私、リコルディ男爵とお会いしたことがあるんです──」
ニックは荷馬車で運送屋をしていた父と恰幅のよい陽気な母の間に生まれた。
平民に必要なのは頑丈な身体だった。
勉学や知識なんてお金もかかる上に、それが活用できる仕事は限られていた。
それだけではなく、そういう仕事に就く若者は、家の繋がりとか、大商家とか準貴族の人が多かった。
シェフや服飾師、大工といった専門職は知識と技術が必要だった。それを教えてくれる学校はない。
ならばどうやってそれを得るのだろうか。
親がその職業に就いていて、幼少の頃からずっと教えられてきている人ばかりだった。
つまり、ニックは身体を使った仕事か運送屋くらいしか道はなかった。
ある時、家の近くで家を建て始めた。
興味本位で眺めていると、手の甲を押し出すように振られ、追い出された。
大工の仕事は面白そうだった。
ニックの家の周りにも沢山の木が生えている。
その木を切り倒して、平らになるように加工する。
それを組み立てると家になるようなのだ。
家はどうやってできあがるのだろうか。
それは仕事にしたいわけではなかった。
ただ純粋に出来上がるさまを見たかっただけ。
ニックはズボンのポケットに入っていた硬貨を触る。
これは昨日、父の運送屋を手伝った駄賃だった。
ニックはお昼になるとそのお金でパンを買った。
それを持って、建てている家の近くにやってきた。
少し観察していると、皆同じ人に話を聞いている。
その人は目の前の柱ではなく、家全体を見ているようだった。
一番偉い人。ニックは直感した。
自然と足先が向かう。
「もしよかったらどうぞ」
そう言いながら、パンを手渡した相手がベルンだった。
ベルンは直接何かを教えることはなかった。
ただ、ニックは追い出されなかった。
時間がある限り通った。
何日か見てると、ベルンは手招きして、「ここを見てみろ」とだけ言った。
ニックは柱を積み立てた間に細い木の枠を括り付けているところを見た。
そうやってベルンは見る場所を指し示した。
ニックは言われた通りの場所を見ている。
日が経つと、家は完成した。
ニックは肩を落とした。
もう家は見れない。そう思っていた。
「坊主、もっと見たいか?」
「はい」
ベルンは次の家を建てる場所を教えた。
それから「お金があるなら待ってこい」と。
ニックは持っていたお金を掻き集めて次の現場に現れた。
するとベルンは一本のノミを差し出した。
「これが欲しいか?」
「はい」
ベルンはニックが集めてきたお金を見ている。全部受け取るとノミと交換してくれた。
今思えば、あの金額ではノミは買えなかったはず。ベルンがそれを知っていてノミを与えてくれたのだ。
少しずつニックはベルンから仕事を請け負うようになった。
初めて建てた家の時は無給だった。
ニックは文句を言わなかった。
次の家では、できた部分に応じてお金をくれた。
そうやって少しずつ大工の仕事を覚えていった。
ベルンは趣味で木箱や小物に装飾彫りをしていた。ニックは熱心にそれを眺めていた。
ベルンは木の端材をくれた。
ニックはとても胸を躍らせた。
何を彫ろうか。
初めて彫ったのは、蔦と葉で丸い柄を作り、その中に蝶が舞う小さな作品だった。
だが、ベルンは目の色を変えた。
大工の時よりもずっと多くのお金が貰えた。
誰が見ても目を見張るほど、ニックの装飾彫りは上達していった。
ニックは誰にも教えられてはいないが、世渡りを身体で覚えていたのだ。
そこでベルンたちは家具職人を紹介した。
その家具職人は嫉妬深く悪知恵の働く男だった。
ニックの才能を妬み、ニックの作品を自分のものだと言い張り、高値で売った。
ニックはどれほど価値のあるものなのか分からなかったので、家具職人を通して家具を売り、売り上げた金額を受け取っていた。
その家具職人はみるみるうちに上等な服、高価な装飾品をつけるようになった。
見た目は貴族のようだった。
そのうちその家具職人はリコルディ男爵家に出入りするようになった。
その頃には一番弟子と言われて、家具職人の雑用から家具の作製までニックが行っていた。
家具職人は特にリコルディ男爵の側近の顎がしゃくれた細身の男と関係を深めた。
家具職人がいる時には、ニックにもおおらかで親しみやすい態度を取るが、二人きりになると、舌打ちをした。
挨拶代わりに嫌味を言ってくる嫌な男だったが、ニックは耐えた。
そうしていると、リコルディ男爵は家具職人の持ってくる家具をニックが手掛けていることに気がついた。
そうすると、どうなったのだろうか。
男爵家の屋敷の中はニックの作品で溢れた。
たまたま男爵家に遊びに来た伯爵がニックの作品を見て、別の貴族に話をして──。
気がつくと、ニックは貴族から評価を受けることになる。
家具職人の腕を買われて、男爵位の授与が決まった。
そうすると面白くないと感じている人物がいた。
家具職人と男爵の嫌味な側近である。
次回の二角的イチオシシーンは
メルリアに褒められて嬉しかった。
「お嬢様は私が何をやっても褒めてくれた。それこそ大工仕事でもないことまで、心の底から驚いて、嬉しそうに笑ってくれた」




