第40話・稀有の天才は、自分の価値を知らない※挿絵あり
「これが習作っていうんだから、天才は恐ろしいよな」
ベルンが優しく机を撫でる。
ベルンはニックの初めての師匠。
大工仕事のイロハを一から教えたらしい。
「脚に彫った柄のバランスが悪いんですよ」
何を言っているのかさっぱり分からない。
こんなに技巧を凝らしたテーブルがニックにとっては習作だという。
テーブルに視線を落としていたはずのニックと目が合った。
「お嬢様、これでも凄いと思いますか?」
「当たり前じゃない。とっても凄いんだもの」
メルリアがなぜか頬を膨らませて主張をする。
「こういうものがあったら嬉しいですか?」
「えっ? 柄はすごい素敵だけど」
ニックは手招きする。
メルリアは静かについていく。
(まさか私に何か作ってくれたのかしら? それならここに持ってくるか。他の作品を見せてくれるのかしら?)
メルリアの後ろを皆がついてくる。
着いた先はニックの部屋だった。
簡素な部屋の中に異様な家具がひとつ。
おかしい。
クローゼットの形は他の部屋と同じはずだが、観音開きの大きな戸には天使があしらわれている。その周りには柔らかな天使を表現するように蔦や葉が可憐に寄り添っている。
その技巧は先程のテーブルの比ではなかった。クローゼットの正面がすべて緻密な柄で彫られている。
どこかの王様が王妃に贈った国宝級のクローゼットなら頷ける。
「これをニックが作ったの?」
メルリアはニックを大工兼なんでも屋だと思っていた。器用なので大工仕事ついでにいろいろと請け負っているくらいかと。
それがそもそも大工すら本職でもなかった。
これは彫刻家の域ではないか。
しかも稀有の天才。
「はい、私が作りました。お嬢様のために」
メルリアは最後の爆弾発言を理解に繋げられない。
今、稀代の天才彫刻家で、国宝級のクローゼットだと思ったばかりだ。
(最後にニックが何か言ってた。これ、献上品じゃないの?)
「気に入りませんか?」
メルリアの理性が吹き飛んだ。
「これを私に!? いや、これは国宝級の代物よ。博物館に置くべきものよ。王女とかがもらうものだよ。ニック、凄すぎるの!」
メルリアは息継ぎもなしに大声で喚いたものだから、酸欠になって目眩がした。
ニックの顔が緩んでいる。
こんな表情は初めて見る。
(酸欠になりかけて目眩を起こした甲斐があったわ⋯⋯じゃない!)
メルリアは我に返る。
「じゃあ部屋に置いてくれるんですね」
「置くけど、ありがとうだけど、警備雇わないといけない」
「僕が警備します」
可愛らしい警備官の誕生に、皆は朗らな笑みを浮かべる。
これは屋敷の中で一番高価なものになったかもしれない。
「ニック、お前は何者なんだ?」
誰もが聞きたかった言葉。
アーノルドの問いに皆がニックの言葉を聞こうと耳を傾ける。
「昔、家具職人をやっていましてね」
ニックは遠い日々を思い出すように遠くを見つめていた。
その瞳には哀愁の色がみえる。
楽しいだけじゃなかった、そんな風に感じる。おそらく何かあったのだろう。
これだけの才を持ちながら、家具職人を諦めたのだ。
単なる興味本位でニックの心を引っ掻き回せない。
気になるが、今はこのままでいたい。
「ねぇニック、どうしてこれを私にくれるの?」
「お嬢様は私の光ですよ。日頃の感謝を伝えたくて」
メルリアはその言葉を丁寧に胸に仕舞い込む。
(今はその言葉だけで十分ね)
「ニック、私はね皆が好きなことをして暮らせればいいと思っているわ。それがどんなことでも価値のあることだから」
「その言葉、胸にしっかり刻み込みますね」
そのクローゼットはなんとかメルリアの部屋に入った。ベッドに座ってぼんやりと見つめる。
「こんなに凄いのに、何があったのかしら」
* * *
後日、一通の手紙が届いた。
ガルド経由でクアココット領に届いた。
送り主は、リコルディ男爵。
宛先は、ニックだった。
メルリアが寝てしまったあと、談話室に呼ばれたニック。
「旦那、何の用ですか?」
アーノルドは無言で手紙を渡す。
その豪華な封筒は明らかに貴族からのものだと分かる。
「リコルディ男爵から会いたいと言ってきた。だが、ニック、断ってもいいぞ」
ニックは手紙に触れようとしない。
アーノルドは腕を組んで静かに待っていた。
「旦那、私はここにいたいです。そう権力を振りかざしてもらえますか?」
「分かった、俺の通り名に誓って、威圧の刃を振りかざそう。バルドもやるか?」
アーノルドはバルドの方を見る。
バルドは表情を変えない。
「私は物理的でも構いませんよ」
アーノルドは腹の底から大笑いした。
笑いながら震える手でコップを三つ近くに引き寄せる。
コップに乱暴にワインを注いだ。
「あ、旦那、自分は飲めないんで──」とニックは言いかけたが、アーノルドとバルドを見る。
皆は同じ船に乗った。
ニックはコップを雑に飲み干す。
「うぇ、やっぱり無理です」
勢いよく飲んだニックに満足そうなアーノルド。
「やっぱりお前も最高だよ」
空になったニックのコップを見て、アーノルドも続く。
「ニックさんが素晴らしいのは当然です」
バルドも飲み干した。
アーノルドは慌てて振り返る。
「バルド、ニックといつから仲良くなってたんだ!?」
次の日、三人はメルリアから盛大に怪しまれた。
「昨晩、私が寝たあとに楽しそうに宴会していませんでしたか?」




