第39話・皆というのはもう七人だけじゃない※挿絵あり
鞄の中には色とりどりのリボンと絹布が入っている。
それはメルリアが渡したリボンよりも数が多かった。
シエルは頬を赤らめながらも、ガルドに心配そうな視線を投げかけている。
「こちらは家内の期待も含んでいます」
シエルからは一本しか渡せなかったリボン。
ガルドの奥様の期待は相当なものだろう。
「それからこれはご相談になります」
今回、野菜の売り上げの金額をリボンや木材に変えてきたようだ。
ガルドは売上の金額一覧と仕入一覧をそれぞれアーノルドとメルリアに見せる。
メルリアの心は決まっていた。
(でも、アーノルド様が決めることだから──)
少し憂い顔をアーノルドに向ける。
「あの野菜はメルリアとグルドフが作っているのだろう。お前たちに任せる」
「さすが、メルリア様ですね。この野菜の質は他では見ないものです。しかもこんな時期外れにできるなんて、野菜革命ですよ」
野菜と聞いたロアンの口がまた開いた。
ガルドは無言で売上金額一覧をロアンに渡す。
静寂が戻ってきた。
実はメルリアは毎朝、野菜の様子を見て、水を上げたり、葉の手入れをしたりしていた。
それを見られていたということだ。
メルリアがグルドフの方を見ると、頷いた。
胸がじんわりと温かくなる。
メルリアの顔は輝き出した。
「アーノルド様、グルドフ、ありがとう。これをいただくわ!」
宝物のように鞄を抱きしめるメルリア。
嬉しそうに鞄をシエルの方に持っていく。
まるで初めて歩いたときのように、シエルは期待と嬉しさがにじみ出た顔をしている。
「わっ」
メルリアは躓いた。
鞄の重さでそのままシエルの胸に飛び込んでしまった。
優しく抱きとめるシエル。
いつものシエルの匂いだ。
「シエル、はいどうぞ」
「ありがとうございます、お嬢様。私、いっぱい作りますね」
シエルは大事そうに鞄も抱えた。
「私、洗濯とか手伝うからね」
「お母さん、僕も手伝うよ」
カイルの優しい声が心に沁みる。
シエルはカイルの頭を撫でている。
母子の美しい姿に癒されるメルリアは、大きく頷いた。
シエルにしかできない仕事がある。
それならそれに集中してほしい気持ちがメルリアにはあった。
「それは私たちができますよ」
荷解きをしている領民たちが声を聞きつけて談話室の外に集まっていた。
皆⋯⋯それはもう七人ではない。
もっと沢山の人がいて、できることが増えていくのだ。
今は屋敷に住んでいるが、家が出来れば領地で出来ることは増える。
「皆、よろしくね!」
「そうと決まれば皆さん」
グルドフが鍋を抱えてやってきた。
「夕食の支度もどなたか手伝ってくれませんか?」
「グルドフさん、私が野菜を畑から採ってきますよ!」
ロアンが先頭で歩く。
その後ろにいた領民たちが慌ててグルドフたちについていく。
「賑やかになりそうね。そうだわ、修繕された部屋はまだ見ていなかった」
「別に他の部屋と一緒ですよ」
ニックの言葉は聞いていなかった。
メルリアはニックの手を引っ張って二階へと上がる。
雨漏りして、床が抜けたとき、アーノルドが悲鳴をあげていた。
その部屋は綺麗になっていた。
窓には観音開き戸が付き、昼間なので太陽の光が差し込んでいる。
今はアイーダ家族が元父の部屋を使うことになっている。
がらんと空いていた部屋に人がいる。ベッドにはベッドシーツに掛け布団があり、クローゼットには洋服が掛けてある。
「そうだ、お嬢様。見せたいものがあるんですが」
「何かしら? 今見てもいい?」
「えぇ、大丈夫です」
珍しくニックの様子がおかしい。
しきりに頭に手を添えて、落ち着きがないように見える。
そしてちらちらと盗み見てくるのはカイルを思い出す。
いや、もっと最近、あった気がする。
階段を降りながら、メルリアは頭の中で記憶を巡らせる。
メルリアは思い当たった。
(あ、思い出した。シエルもそんな素振りをしていたわ)
リボンを渡してきたときのシエルと印象が重なる。
でも理由が思いつかない。
メルリアはニックにこれと言って何かした覚えはなかった。
それにあまり変わらないニックはポーカーフェイスのイメージがあったのだ。
あんまり人に興味がないものだとばっかり思っていた。
階段を降りると、玄関ホールにアーノルド、バルド、シエル、カイル、それにベルンがいた。
「皆、何をしているの?」
そう声をかけながら、メルリアは輪の中心に視線を落とす。
テーブルが置いてあるように見える。
歩いて近づくと、テーブルの縁に細工がしてあるのが見えた。
(この前、アーノルド様と見たテーブルだわ)
顔を近づけてよく見る。
「とても精巧な彫りね」
テーブルの縁だけでなく、脚にも綺麗な柄が彫られていた。
まるで筆で糸を描くような繊細な柄。
前世の博物館で見たことがある。
お城の中で使われていた調度品に似たようなものがあった気がする。
メルリアはベルンを見た。
「これはベルンが作ったものよね? とても凄いわ! 皆もそう思わない?」
この中でメルリアの方が一番興奮していた。
頬を上気させ、作った本人よりも熱がこもっているのは間違いない。
「メルリア様、これは私が作ったのではありません」
ベルンが静かに頭を下げた。
顔を上げるとどこかを見ている。
ベルンの視線を追ってみると、ニックの姿があった。
ニックが腕で口元を隠している。
耳が赤いので照れているのかもしれない。
「ベルン師匠、こんな習作をまだ持っていたんですか」
(だって、ニックは平民で見て大工仕事を覚えたって前に言っていたわ。これは大工仕事じゃなくって、家具職人よね)
メルリアの頭はパンクしそうだった。
理解が追いつかない。
目の前には確かに上品なお城にあってもおかしくない質のテーブルがある。
(え⋯⋯これが本当にニックの作品なの!?)




