第37話・博物館にありそうな彫刻のテーブルを持ってきたベルン
ニックは純粋に驚いている。
師匠と呼ばれたベルンとニックの間には重い沈黙が広がる。
「ニック⋯⋯いろいろあったようだな」
そういいながらも、思い出話が始まる様子はない。
二人は過去に何かが“必ず”ある雰囲気だが、話を掘り下げる気はないようだ。
早速、屋敷の状況と修繕の進み具合を聞いている。
屋根から雨漏りした、冒頭の説明から言葉をなくしたベルン。
雨漏りから床の一部が腐食。
隙間風で寒いなと思ったら、窓がなかったり──これはやはりメルリアの父が持っていったのだろう。
クリスタルがはめ込まれていたような跡があったとニックは伝えた。
今は壁を修繕中。
「蝶番と錆止め油もありますので、いくつかの窓に観音開きの戸を付ける予定です」
「ほとんど、修繕が必要ってことだな。ここ、本当に貴族様のお屋敷なのか?」
おそらく誰もがそう思っているのだろう。
「うちの父が修繕を怠りまして、ボロ屋敷になってしまいました。私はメルリアです」
申し訳なさそうに手を前で揃える。
メルリアの肩に置かれたアーノルドのたくましい手。
「ま、今でもお貴族様は住んでいるがな。バルディーニ子爵の息子のアーノルドだ」
アーノルドはどんよりした雰囲気を払拭する。
ベルンはピクリと反応した。
綺麗な角度でお辞儀をする。
「これはこれは領主様でしたか。失礼いたしました。市井の言葉も慣れてらっしゃる」
「軍人あがりだから、この話し方に慣れている。俺は仕事が出来れば何も問わねえ」
これはすでにニックの師匠だと知っての言いぶりだなとメルリアは思った。
皆の話を聞いていると、屋敷の修繕はもっとかかるようだ。
だが、ベルンが来たとなれば、本格的な冬が到来する前に領民の家が建てられるはず。
ひとまずは領民の受け入れのためにお屋敷の部屋を使えるようにする。
それから家を建てることになる。
ニックはバルドをベルンに紹介していた。
アーノルドの執事といったときは驚いていたが、話しぶりや身体つきを見て、「他の領民が来るまでに屋敷の部屋は修繕できそうだな」と納得していた。
それでも話をしているだけでは、分からないことだらけ。
ニックとバルドはベルンを連れて、問題の二階部分に姿を消した。
「アーノルド様、強力な助っ人が現れましたね」
「ニックの師匠ということは、相当な腕の持ち主だろう」
「私の家もベルンさんに建ててもらったんです」
ガルドが懐かしそうな目をしている。
工房を構えていたベルンの住む場所の近くで土砂崩れが起きた。
家を土砂で流された者も多い。
その中には工房に住む者も多くいた。
工房に置いてある木材を無償で工房の者に譲った。
そこに居合わせたガルドがベルンの家も半壊しているのを見た。
ベルンは「もういい歳だから、そこら辺の小屋でも建て替えて慎ましく暮らす」と言っていた。
「実はですね」
ガルドはアーノルドとメルリアにしか聞こえないように声を落とした。
「半壊したベルンさんの家には、テーブルと扉に装飾が施されていました。テーブルはベルンさんの希望でこちらへ持ってきました。残りの扉は高値で売れました」
「装飾の施された扉なのよね?」
「はい、オラン町長が買ったのです」
メルリアはその話を聞くと、テーブルが見たくなった。
ベルンがここに持ってきたのはテーブルと大工道具だけ。
それだけ自信作なのだろう。
玄関ホールに移動すると、テーブルが置かれていた。
テーブルの縁と脚に綺麗に柄が彫ってある。
緻密な柄で、優雅に咲く花弁の柔らかさがこちらにも伝わる。蔦が上品に伸び、蜂鳥が花弁を探している。
「素晴らしいテーブルね」
「こんな領地の修繕だけなんて勿体ない腕だな」
メルリアはすぐさまアーノルドを見た。
メルリアはアーノルドも同じ気持ちだと直感する。
「ねぇアーノルド様、私、冬籠りの製作で思いつきましたの」
冬籠りには、手仕事が増える。
この柄を活かした何かを作るのがいいとメルリアは考えた。
「奇遇だな。次回はガルドにもっと木材を持ってきて貰わないといけないな」
二人は企んだような笑みを浮かべた。
「それにしてもメルリア様のつけていらっしゃるリボンは素晴らしいですね。どこのリボンでしょうか?」
メルリアはシエルから貰ったリボンを褒められて嬉しくなる。
「素晴らしいでしょう。これはシエルが作ってくれたんです!」
なぜかメルリアが得意げに伝える。
こんなに緻密なレース刺繍を施してあるリボンはまずないはず。
「もし余っているリボンがありましたから、購入したいのですが」
シエルはガルドの隣に慌ててやってきた。
「そんな購入なんて。作ったばかりのリボンがありますから一本お持ちになりますか?」
シエルは部屋に取りに戻る。
「やっぱりガルドから見ても凄いですか?」
ガルドは言葉に詰まっている。
「一目見ただけでも、あれはかなり高額で売れます。これは妻だけでなく、娘も他の方も殺到すると思います。私は妻に買ってあげたいのですが⋯⋯」
「まぁ、奥様へのプレゼントですか。それは良いですね」
シエルが戻ってきた。プレゼントと聞いて喜んでいる。
(さすが、私の聖母。優しい気持ちで溢れているわ!)
ガルドはシエルから大事そうにリボンを受け取る。リボンを顔に近づけて眺める。
「正直、私にはこのリボンがどれほどの価値のものか分かりません。次お会いする時にお支払いでもいいでしょうか?」
「シエル、これはあなたのリボンの対価よ。刺繍のないリボンの金額より高くつくのは確かだわ。でもガルドは支払いを後にしたいと言ってる。シエルはガルドを信頼できるかしら?」
ここまで言えばシエルも首を横には振れないはずだとメルリアは考えた。
シエルに自分の価値をもっと知ってほしい。
それがメルリアの願いだった。
春の芽吹きを思わせる、柔らかく包み込むような笑顔がシエルの顔に咲いた。
「はい、次回までお待ちいたします」
次回、ガルドは新しいリボンも持ってくるとシエルに伝えた。
メルリアだけがシエルの笑顔に浄化されるほど癒されていた。
次回の二角的イチオシシーンは
「だが、変な令嬢には気に入られるなよ」
アーノルドは冗談めいて言っていたはずが、ちゃんと想像してみたようだ。
本気で心配している。
──────
この後、この発言からアーノルドは誤爆します。バルド、いい仕事しますね(笑)




