第35話・あるものを見たバルドは※挿絵あり
次の日、バルドとニックはそれぞれ別の部屋の点検を始めた。
昨日一部屋やってみて、バルドはおおよそ分かったようなのだ。
ニックと同じ体質なのかもしれない。
この調子なら部屋の点検に三、四日、修繕も同じくらいでなんとかなりそうな予感。
ニックの手伝いをするとカイルが手を上げた。
「なら、木槌を持ってくるか」
「僕も一緒に行きます」
自分の部屋へと向かうニック。
後ろからついていくカイル。
バルドが手燭も必要なことを思い出すと、ニックの後を追う。
ニックが部屋に入ってすぐにバルドがやってくる。
ニックがバルドの方を振り返ると、バルドは部屋のあるものに釘付けになっていた。
「ニックさん、これは⋯⋯?」
ワードローブだった。
使用人部屋のものなので、どの部屋にも同じ物が置いてある。
「見ての通り、ワードローブですよ。これはお嬢様の部屋に置こうと思って準備をしています。まだ完成しませんけどね」
ワードローブの縁を飾る蔦には花や果実が添えられている。
その花や果実をついばむ小鳥たちが彫られている。
「素晴らしいですね」
「ありがとうございます。それじゃあ作業に戻りますか」
「ニックさん、ちょっと相談があります」
ニックは丸い目をバルドに向けた。
* * *
確認してから壁の修繕をするはずが、昨日確認した部屋の修繕に当たることになったニック。
手伝いにはパルドとカイルが入る。
カイルは主に灯り担当。
手燭を手に持っている。
それでもアーノルドから釘や蝶番も手に入ったので、窓を塞いでいた板を外す。
部屋の一つだけ窓に戸を付けることになった。
真ん中から両側へ開く──観音開きの戸。
板を外したことによって、部屋の中に光が入ってくる。
それでも半分ほどは薄暗い。
昨日調べて、木槌で気になる音を拾ったところは壁の板を外す。
壁の隙間にある部分をよく見る。
「やっぱり亀裂が入っていたか」
状態の悪いところは粘性の強い土を隙間に付けて塞ぐ。
乾燥してから塞ぐようで一旦後回しにする。
この部屋は二箇所で壁の中の修繕が必要となった。
他は板が劣化しているところの状態によっては、板ごと変えることになった。
バルドが壁板を変えている間に、ニックは窓枠を新しいものに変える。
夕方に土が乾いたら笑える壁の中にある細い木枠に入れられた藁を詰め直して、壁を塞ぐことになるのだ。
* * *
シエルは洗濯が終わると部屋数を数え、布をめくる。
「冬になると寝室がどうしても寒くなってしまうから、厚手の布を用意しないとだわ。それに──」
シエルはこの前メルリアからもらった絹糸と針を見つめている。
慈しむように目を細めた。
「何を刺繍しようかしら?」
メルリアはシエルのいる部屋に顔を出した。
「お嬢様!」
「えへへ、何かお手伝いはないかと思って」
シエルはメルリアを優しく抱きしめる。
「次の刺繍、決めましたわ」
シエルの明るい声が部屋に響いた。
* * *
何日か経って──。
メルリアとカイルが庭でグルドフの野菜収穫を手伝っていたとき、馬の歩く音と木の車輪がガタゴトと音を立てて近づいて来るのが聞こえた。
周りを見てみると、荷馬車が近づいて来る。
「あれ、荷馬車が二台も」
メルリアたちが屋敷の方に歩いていく。
「お嬢様、身支度が最優先です」
途中でシエルに捕まってしまった。
身体を綺麗に拭いて、シエルは高速でメルリアの支度を終えていく。
それは少し執念にも近いものを感じていた。
「あら?」
もう少しで身支度が終わる頃、メルリアはシエルの持ってきたリボンが目に入った。
リボンの表面には艶のある上質なレース刺繍。
そしてリボンの端には、繊細な作りのレース編みがついている。
(凄く手がかかってる!)
「シエル、こんな素晴らしいリボンを作るのは、とても大変だったんじゃない? 嬉しいけど、シエルが無理していないか心配になっちゃうわ」
もしシエルが過労で倒れでもしたら、メルリアはパニックになってしまうだろう。
シエルはさっきより顔を綻ばせた。いや、もう崩れかかってるほど、満面の笑みだ。
「冬の間に全部のリボンを仕上げますからね」
駄目だ、ある意味火に油を注いでしまった。シエルは倒れないといいけどと心配することしか、メルリアにはできなかった。
そして、メルリアとシエルは急ぎ足で玄関へと向かう。
誰もいないのでそのまま談話室へと向かう。
「そろそろ応接室も修繕してもらわないといけないわ」
「そうですね」
談話室へと入ると、ガルドが近づいてきた。
貴族らしい片足を少し下げて膝を折り、お辞儀をする。
「メルリア様、木枯らしが木々のドレスをさらってゆきます。森が衣を脱ぎ終える頃には、冬も戸口まで来ていることでしょう」
貴族の言葉遊びのような挨拶は、日常の挨拶のようだ。手紙の季語みたいだなと思いながら、メルリアも挨拶を考える。
「ガルド、木々が葉っぱを脱いで、陽の光も細くなりました。冬がもうすぐそこまで来ていますね。今日もありがとうございます」
呼び捨てに慣れないメルリアは暴れたい気持ちを押さえていると、見慣れない人物が視界に飛び込んできた。
茶色の艶のある髪を下の方で結っている若者。整った顔だが少し中性的な雰囲気もある。
「メルリア様、お初にお目にかかります。ロアンと申します。ご想像どおりの豊穣の女神ですね」
春の陽だまりに駆け回る子犬を連想させる印象だった。いや、失礼だが、チャラいイケメンっぽさは拭えない。
(クアココットの領民希望者かしら)
「私の息子です」
真面目や硬派という言葉がしっくり来るガルドの印象とは裏腹に、人懐っこいイケメンにメルリアは、目が点になった。
「ガルドの息子!?」




