第32話・信用は買えないが、後払いで受け取れる
ガルドのお皿に置かれたのは新鮮な野菜。
塩をかけていただく。
先程とは違い野菜本来の甘みや食感がある。だが、どれを食べてもガルドのフォークはよく進む。ひと通り食べるとようやく顔を上げた。
「野菜の味が濃厚ですね。これだけでも十分楽しめます」
今回は塩だけにした。
いつもは塩に油とお酢を使ったドレッシングなどをかけても美味しい。
最後に、メルリアがガルドに食べて欲しいのは、サンドイッチだった。
初めて見るのか、呆気にとられたように距離をあけて眺めている。
「これは、卵サンドイッチというものです」
いつもグルドフが作ってくれるパンを上下に切り分け、その隙間にゆで卵をはさんでいる。
もちろんなんちゃってマヨネーズみたいなものをグルドフに作ってもらってそれを混ぜている。
卵の柔らかい甘さとマヨネーズの濃厚な味がマッチし、グルドフのパンがそれを支える。
ガルドは大きく唸った。
「これは美味い⋯⋯パンを口に運ぶ手が止まりませんね。この卵のフィリングというのですか、まろやかな中にも酸味があって、パンの甘みとよく合いますね」
「ゆで卵にマヨネーズというソースを加えています」
ガルドは目を輝かせた。余程気に入ったのだろう。「差し支えない範囲で構わないのですが」と前置きをしながらも、遠回しにレシピを聞いてくるガルドにメルリアは愉快そうに笑ってしまった。
だが、メルリアはひらめいた。
(なんで今まで気が付かなかったんだろう)
グルドフにあることを頼む。
やがて戻ってきたグルドフの手にあるのは、マヨネーズとカット野菜。
トマトやきゅうり、人参や茹でたじゃがいもなどがある。
トマトやじゃがいもには上からマヨネーズを掛けてある。
きゅうりと人参はスティックにしてディップする。
トマトのマヨネーズ添えをシエルはそっと口に入れる。
目を閉じて味わっている。
「ん⋯⋯美味しい」
頬を上気させて喜ぶ姿にメルリアの達成感が急速に上がっていく。
その隣できゅうりにマヨネーズをつけて食べるカイル。
目を輝かせて、誰が見ても嬉しそうな顔。
それを見たシエルもメルリアも目尻が下がる。
すると迷いながらも手を人参に伸ばした。
メルリアは驚いた。
(カイルは人参が苦手なはずなのに⋯⋯)
人参にマヨネーズをつけ、目をぎゅっと瞑り、人参を齧るカイル。
コリッと人参の破砕音が聞こえる。
メルリアの鼓動は少し早くなる。
しばらく咀嚼していると、カイルは人参を飲み込んだ。
すると目を開けたカイルとメルリアは目が合った。
「美味しい。これなら僕も人参が食べれます」
メルリアは心の中でガッツポーズをした。
「本当!? この大地とグルドフのおかげね」
他の皆の評判も良かったようで、メルリアは手応えを感じる。
「このマヨネーズがあったら、野菜を食べる人が増えないかしら?」
売るほどの量のマヨネーズはないそうだ。
ガルドは少し考えると、「領民向けと言うよりは、大衆食堂の方が野菜に興味があるかもしれない」とのことなので、野菜も持っていってもらうことにする。
話し合った結果、マヨネーズの評判を聞くためにいくつかサンプルを持っていってもらうことにした。
グルドフが穀物庫にあるトマトと胡瓜はすべて持っていってもらうと告げた。
皆は慌てたが、玉ねぎやじゃがいも、人参などは屋敷の保管室にもあるらしい。
日持ちしないトマトと胡瓜は在庫をすべて持っていってもらう。
「そういえば、値段はどうしましょう?」
ガルドの問いに、アーノルドはすぐさま答える。
「あの野菜はメルリアのものだ。値段も売り方も全部決めろ」
アーノルドの言葉が心に何度も響く。
(そうか、私が決めていいのね⋯⋯それなら──)
「出来れば通常の倍が良いです。この時期に新鮮な野菜はないはずです。それから今回、野菜は初めてなので、売れた分だけ後で金額を渡してください」
皆がメルリアの方を見た。
意外そうな顔をしている。
前回は小麦の引き渡しと同じタイミングで金貨を受け取った。
それが通常の取引なのだとしたら、後で金額の受け渡しを行う“掛取引”は初めてなのかもしれない。
「後でお金をもらうのか?」
アーノルドは目を見開いてメルリアに聞いてきた。
「そうです。誰にいつどれくらい売れたのか記録しておいてもらうのです。おそらく皆様はちゃんとお金が支払われないことを心配しているのでしょう?」
誰も答えない。
だが、ちゃんと支払われないことを心配している証だ。
バルドが唸った。
「さすがはメルリア様ですね。それでガルドの対応を見て、処遇を決めるということですよね」
メルリアはバルドの方を見て頷く。
「代金を後払いするのは、何度も取引きした相手か、知り合いからの紹介が多いです。二度目の取引きで後払いにするのは、余程、信用出来る人物と捉えますが⋯⋯」
遠慮がちにガルドがメルリアの方を向く。
メルリアはガルドに『保留にする』と伝えた時、ガルドの目の色が変わった気がしていたのだ。
『この人はやり方は間違えたが、信用できるかもしれない』とメルリアは直感していた。
(お人好しとか甘いとか言われそうだけど、私は自分の直感を信じてみたい)
「私はガルド様を信用しています。ボールはガルド様がお持ちということです」
ガルドは深く頭を下げた。
「メルリア様、私のことはガルドとお呼びください。私も期待に応えましょう」
「う⋯⋯」
呼び捨てに慣れないメルリアは、難しい顔をして葛藤している。
「メルリア、一応お前は領主の家族だ。呼び捨ても慣れる必要がある」
メルリアは長う息を吐くと、腹を括った。
「ガルド、こちらこそよろしくね」
メルリアは、初めてガルドと固い握手を交わした。
(小麦と野菜が沢山売れるといいな)
メルリアは浮足立っていた。
「よし、ひとまず小麦と野菜はそれでいいとして、領民の受け入れの話を詰めようじゃないか」
「ありがとうございます」
「あっ!」
声が出てしまった。メルリアは思わず口を噤む。
アーノルドの言葉に、メルリアはすっかり忘れていたことに気がついたのだった。
【メルリアのメモ】
掛取引とは、金額をツケにすることです。
さて、次回の二角的イチオシシーンは
「結論から言うとだな、全員の受け入れは難しい。土地はあるが、家がないからな」
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そうアーノルドは言いますが、アーノルドの心にあったものは⋯⋯次回のお楽しみです。




