第31話・ガルド、唸る
「もしよろしければ、お昼の準備をするので庭を見られますか?」
皆はグルドフの提案にすぐさま立ち上がった。
庭に出たメルリアたち。
メルリアは得意げに庭の野菜を紹介する。
生命力溢れすぎている野菜たちに、ガルドは圧倒されていた。
「たしかに先ほどメルリア様が仰った通り、普通の野菜とは見た目が異なりますね。違う品種の野菜のように見えます」
ガルドは専門家のように野菜をよく観察している。
「そうでしょう? クアココット領の野菜はすごいのです!」
思わず自分の手柄のように自慢してしまう。
野菜を一通りガルドに見せた。
そしてトマトと胡瓜はまた新しいものが沢山なっている。
「これはすべて野菜ですよね? こんな時期に⋯⋯凄い育ち具合ですね。ギーヴも馬鹿なことをしたな」
ギーヴ⋯⋯バルドにボコボコにされたギルド長かとメルリアはなんとか思い出していた。
メルリアは気が付かなかったが、ガルドがそれほど唸るということは、この野菜はすごいのだろう。
メルリアはあることを思い出した。
「そういえば、領民の受け入れの話もありましたね」
ガルドの話だと、局所的に降った雨で土砂崩れがあり、畑が駄目になってしまった。
家畜が流されてしまったという人もいるようだ。
「それならアーノルド様や皆様、相談です。もし人が来てくれるなら、小麦と野菜をもっと植えませんか?」
この庭は森までの間からすれば、一部に過ぎない。
「せっかくこんなに敷地があるんですから、雑草に生やしているだけなんて勿体ないわ」
メルリアたちの畑の向こうに青々とした雑草がある。
もちろん今、小麦が無くて困っているのは事実だろう。
そしてガルドが領民の受け入れを聞いてきたということは、小麦以前に住むのに困っている人がいるのだ。
ここには仕事が沢山ある。
野菜は冬の間に何度か育つだろう。
上手くいけば小麦はもう一度できる。
それでも一度に大量の人を受け入れることはできない。
「グルドフ、穀物庫にはどれだけ備蓄しているのか?」
アーノルドも同じことを考えているのだろうか。
グルドフは視線を天井に向けながら話している。
「野菜は結構ありますが、トマトや胡瓜はあまり日持ちしないので⋯⋯あとじゃがいもは麻袋で何袋も出来上がっています。小麦は木箱二箱分」
話を聞いてみると、メルリアたちが冬を越すのに一箱でも余るようだ。
でも領民を受け入れるなら⋯⋯。
「アーノルド様、領民が入ってきたら、小麦も必要になるので、売れませんね」
「いや、麻袋十袋分の小麦を売ろう。俺達は野菜もあるから、領民を受け入れても食べのものには困らない」
麻袋十袋分⋯⋯本音を言うなら、少ないとメルリアは思った。
ないよりはいいだろうが、思っていたより少なさそうだ。
メルリアは思わずため息混じりになる。
「これだと領民を受け入れようとしても家を建てるお金もないものね⋯⋯」
少し重くなる空気。
「皆様、あと一ヶ月くらいすればもう少し小麦が増えます」
メルリアは目を点にさせた。
いくら考えても、あと一ヶ月で小麦が成長するとは思えない。
さすがにクアココット領の農産物のスピードは規格外だが、そこまでの早さではないことはメルリアも分かっていた。
「グルドフ、この前小麦の収穫をしたばかりじゃない。一ヶ月で小麦は育たないと思うわ」
メルリアは優しく、それでも悲しい声を出す。
グルドフ以外の人は同じような顔をしていた。
するとグルドフはゆっくりと人差し指を前へと突き出す。
グルドフの指す方向を見るが、見えるのは雑草だけ。
そう、青々とした雑草⋯⋯。
メルリアはあれが雑草ではないことにようやく気がつく。
「グルドフ、まさかあれは雑草ではなく⋯⋯」
「小麦ですよ」
早くにも野菜と小麦たちの成長速度を観察していたグルドフは野菜よりも成長するのに時間のかかる小麦を日にちで分けて植えていたのだ。
そして知らなかったが、グルドフは畑の敷地を広げていた。
「グルドフ⋯⋯お前、すごいな」
「グルドフー!!」
アーノルドが一番先に舌を巻いた。
メルリアもアーノルドの横に来て、賛同した。
* * *
売る小麦や野菜の量、領民の受け入れと家問題など、決まっていないことは沢山ある。
ひとまず置いて、昼食となった。
グルドフがそれぞれのお皿を持ってくる。
メルリアはグルドフより得意気な顔をしてガルドの向かい側に座る。
メルリアの雰囲気が伝わったのだろう。
「メルリア、やけに楽しそうだな」
「うちの子たちのお披露目ですよ。どんな反応をされるがわくわくするじゃないですか」
メルリアは野菜たちを“うちの子”と呼ぶ。
初めに出てきたのは、胡瓜とトマトと玉ねぎ。
ひと口大に切られている。
ツンと鼻の奥を刺すような匂いはお酢だと分かる。
「胡瓜と玉ねぎは分かるけど⋯⋯トマトもピクルスなの?」
「えぇ、そうですよ」
ガルドはピクルスと紹介されて、いろんな角度から眺めている。
そしてガルドは胡瓜のピクルスを口に入れる。
パキッ、パキッと歯切れのよい音がこちらまでよく聞こえる。
ガルドは目を大きくして輝かせた。
メルリアはガルドの素顔を初めて見た気がした。
「みずみずしい胡瓜にお酢の酸味が食欲をそそりますね」
次は玉ねぎ。
新玉ねぎのように少し透明がかっている。
メルリアは見ただけで口の中に唾液が広がるのを感じた。
ガルドの口の中でくぐもったシャリシャリとした音がする。
下を向いたガルドにアーノルドは無言で明るい琥珀色をした飲み物を置いた。
そのまま流れるようにグラスを手に取り、ガルドは口につける。
音が聞こえそうな程、喉にそれを流し込んだガルド。
誰が見ても堪能している幸せそうな顔をしている。
「ガルド様、いい顔をしていますね」と告げるグルドフも嬉しそうだ。
「玉ねぎの程よい辛味に、旨味を増大させる酸味が何度でも食べたくなりますね。それにこのエールの組み合わせは堪りません」
「エール?」
エールはビールの一種であることは、前世の記憶で知っていた。
(いつの間に仕入れたんだろう?)
メルリアの思いとは裏腹になぜか焦る男たち。
「メルリア、エールは大人の飲み物だから飲んではいけない」
「飲まないから安心してください。知らないうちに買っていたんだなぁと思って」
グルドフは否定した。
メルリアは意味が分からず首を傾げた。
(買ってないなら、どうやって⋯⋯あ、ガルド様が持ってきたのかな?)
実は庭の奥で大麦を育てて、ビールを作っていたらしいのだ。
反応からするにシエルとカイル以外の皆は知っていたようだ。
ビールが作られていたことを知らなかったメルリア。
今度、グルドフが作る様子を見学したいと申し出た。
こうして無事にビール見学が約束された。
そしてメルリアが気になっていたトマトのピクルスである。
メルリアは恐る恐る口に近づける。
トマトの匂いと酸味が両方とも鼻腔に入ってくる。
齧ってみると、トマトの少し甘いみずみずしさ。その甘さを邪魔しない酸味が食欲を引き立てた。
「う〜ん! 意外な組み合わせだけど、口の中がさっぱりして食べやすいわ!」
「本当ですね」
お次は、サンドイッチがお目見えするのである。
次回の二角的イチオシシーンは
「あの野菜はメルリアのものだ。値段も売り方も全部決めろ」
アーノルドの言葉が心に何度も響く。
(そうか、私が決めていいのね⋯⋯それなら──)




