第28話・転んでもただでは起きない
朝食後、オランでの話をアーノルドが始めた。
ガルドのところで、金貨五枚で小麦一箱が売れた。
この時期の平均相場は金貨四枚前後なので、金額を少し追加してくれたようだ。
まずは塩。これは冬を越すのに十分な量を仕入れた。グルドフは嬉しそうに塩の壺を抱えた。
ニックの方には鉄釘・鎹、蝶番・掛金など──金属加工が必要なものが多い。
ガッチャン、ガッチャンと金属がぶつかり合う音が聞こえる。
それからニック用の工具・替刃を渡す。
ニックは受け取った工具をよく眺めている。
冬の寒さを防ぐのに毛布数枚、毛織物・布などはシエルに渡された。
シエルはメルリアを抱きしめるように布を優しく抱いた。
「シエル〜」
その姿を見てシエルの腕に抱きつくメルリア。
「メルリア様!? ⋯⋯ふふっ」
メルリアは今朝シエルにあげた絹糸と針のことを思い出した。
「あ、グルドフとニック!」
実はガルドがおまけしてくれた金額を好きに使っていいとアーノルドが言ったので、皆にお土産を買っていた。
もちろんシエルへは、絹糸と針。
グルドフへは包丁。ものが分からなかったので予算内で買えるものを購入した。
グルドフはそれを見るやいなや、メルリアとアーノルドを見た。
「こんな良いものを貰っていいのですか?」
メルリアはグルドフの反応を見て、得意気な顔を向けた。
「安心しろ。一部、俺の金も入っている」
「アーノルド様、そんな高いのを買ったんですか?」
アーノルドが口を噤んでいると、横からグルドフが教えてくれた。
「おそらく平民三人分ほどの年収ですね」
「え!」
貴族の買い物って怖い⋯⋯。
それにしてもニックには斧にしてしまった。グルドフのよりかなり安いのではないかと心配になる。
重たい足取りでニックに近づくメルリア。
「ニック、ごめんね。そこら辺で斧を買ったの。薪とか木材を作るのに便利かなと思って」
「いえ、とても助かりますよ」
ニックはアーノルドから斧を受け取った。
それから布の包み。
ニックはそっと開く。
木の棒の先に金属の棒がついている。
するとニックは嫌悪の顔をアーノルドに向けた。
「旦那、これ物凄く高いものですよ。はぁ、一生、旦那の奴隷になれっていうんですか?」
メルリアはニックの言葉が冗談なのか分からなかった。心配そうな目でアーノルドとニックを交互に見る。
「あはは、それもいいかもな!」
アーノルドが豪快に笑う。
おそらく冗談のようだ。
メルリアはほっと肩を落として、深呼吸をした。
「ニック、そんなに高いものなの?」
「はい。言いたくないですが⋯⋯この金額で家が建ちますよ、お嬢様」
「え!?」
「たまたま珍しい素材が入ったんで、鍛冶屋の親父が一点物を作ってくれただけだ」
皆、手に職だものね。その道具は高い。
でも使いこなしてくれるんだから、道具も嬉しいはずよね。
そして昨日買ったものを馬車から運ぶ。
グルドフ、ニック、シエルはそれぞれ自分に関係ありそうなものから片付けていく。
麻紐や蝋燭など小分けにできるものはメルリアとカイルも片付けていく。
メルリアが蝋燭を棚に置き終わると、さっきまで隣にいたはずのカイルがいなかった。
「カイル、どこに行っちゃったんだろう?」
備品室から廊下に顔を出すと、声が聞こえる。
その声を追っていくと廊下の曲がり角の先にアーノルドとカイルをみつけた。
メルリアは呑気に声をかけようとした。
「メルリア様は大丈夫でしたか?」
カイルの真剣な声にメルリアは歩みを止めた。
「大丈夫じゃないかもしれない」
アーノルドの落とした声を聞くなり、メルリアは慌てて廊下の二人から見えないところへ隠れた。
昨日のガルドとの出来事を話していた。
たぶん、カイルも知っておいたほうがいいとアーノルドが考えたのだろう。
(私がついていったために、アーノルド様も軽んじられて、相場の半分の金額を言われたんだもん)
「ギルドの男はな、メルリアを見て、相場の半値まで買取金額を落としたんだ。俺は我慢出来なかったよ」
アーノルドは、また昨日のことを思い出したのか、不快そうに頭を掻いた。
声には怒りが混ざる。
「俺が一番我慢ならねえのは、メルリアが謝ったことだ!」
メルリアはアーノルドの言葉に手で口を覆った。メルリアの心臓がドクンと跳ねた。
(私が謝ったのがいけなかったのね⋯⋯)
「家族を悪く扱われて、その家族が傷ついた。そんな思いは二度としてほしくない!」
メルリアは目を大きく開いた。
アーノルドがメルリアを家族といい、メルリアが傷ついたことを一番怒っていたのだ。
(私のためにあんなに怒ってくれたのね)
メルリアは目頭が熱くなる。
誰かに自分ごとのように扱ってもらうことが、前世ではあまりなかった。
この世界で二度目の人生を始めて、両親には恵まれなかった。生まれたばかりの時、前世の記憶も色濃く残っていたので、両親のことは気にならなかった。
だって、シエルがいたから。
シエルがメルリアを捨てた両親の代わりに沢山の愛をくれた。
時には優しく怒り、心配し、喜んでくれた。
シエルは自分を愛してくれる特別な存在と思っていたが、数ヶ月前に会ったばかりのアーノルドが、こんなにも自分のことを考えてくれているとは思っていなかった。
関係は時間だけが育むものではないのかもしれない。
(私のためにあんなに怒ってくれた。そして綺麗な洋服を着飾って、胸を熱くしてくれた)
今もメルリアの胸は熱くなり、締め付けられている。
自分にも力があったら──。
(もし私が逆の立場なら⋯⋯誰かを蔑まされたり、悪く言うのは許せないわ)
それと同時にメルリアは今の自分には、力がないことを分かっていた。
誰かに分かってもらうための力。
そこに凛としたカイルの声が聞こえてくる。
「アーノルド様、私を教育してくださいませんか? 今の私は何も出来ません。身分も低いかもしれませんが、それ以上に知らないことが多すぎます。メルリアのために、皆のために知りたいんです」
カイルは真剣な顔をアーノルドに向ける。
アーノルドは深く頷いた。
「カイル、良い心がけだ。知識や知恵は大きな武器になる。武器は毎日磨かないと錆びる。これから俺やバルドがいろんなことを教えてやる」
「ありがとうございます!」
アーノルドとカイルの足音は奥へと消えていく。
メルリアは喉がきつく締められたように苦しかった。
動けなくなり、その場にしゃがみ込む。
それなのに心は熱い。
二人の声も靴音も消えてもなおメルリアの頭では、二人の会話が何度も再生されていた。
* * *
アーノルドが外を歩いているのを見つけた。
メルリアは勇み足でアーノルドに近づいた。
「アーノルド様!」
そのメルリアの強い声音にアーノルドは動揺していた。
アーノルドの頭には大きな疑問符が見えるようだ。
「ど、どうした、メルリア」
「私は力が欲しいです。私はただ後ろで守られているだけの女の子になりたくありません。私にアーノルド様の隣に立てるくらいの処世術を教えてください!」
張り詰めた空気を一気に壊すように、アーノルドはどっと笑った。
あまりにも笑いすぎて目の端に涙を浮かべている。
それは見てるこっちも笑ってしまうほど、楽しそうなアーノルドの表情だ。
(いけないわ、つられて笑いそうになっちゃう。私は本気よ)
「最高だな。こんな賢くて面白い、めげない子は初めて見た。俺は退屈できる気が全然しないよ」
「こちらも退屈させる気はありませんわ」
ここからはエンドレスのメルリアの反撃! ⋯⋯と、そんな風にメルリアは強く意気込んだ。
ここまで読んでいただきありがとうございました!
ここで第一章の終了とさせていただきます╰(*´︶`*)╯
第二章は【クアココット領 始動】になります!
ここから快進撃となるのか!?
冬に向かっていきますが、冬籠りはどうなるのでしょうか。
次回は『第29話・クアココット領の小麦が五倍の値で売れた?』
二角的イチオシシーンは
クアココットの屋敷に珍しいお客が来ていた。
ガルドである。
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って第29話の冒頭だ〜!
次回もお楽しみにです(ㆁωㆁ)




