第23話・バルド様、粉砕しないでください。今は脱穀です
小麦の収穫二日目。
順番からすると今日は脱穀である。
お米であれば千歯こきといって、大きな金属の櫛のような農具に穂のついたお米を差し込んで手前に引っ張るというもの。
メルリアはそれを想像しながらグルドフたちについていくと麦の束が一箇所に集められていた。
「麦が乾いたら、脱穀でしょう? どうやってするの?」
グルドフは棒のようなものを持って来た。
「殻竿と呼ばれるものです」
棒の先にはまた別の短い棒がついている。
バランスの悪いヌンチャクのようだ。
「これをこうやって使います」
グルドフは釣り竿を海へ投げ入れるように、後ろに短い棒を振り、勢いをつけて前へと振り下ろす。
器具と動きだけ見たら、拷問道具にも見える。
バタンッ!
大きな音がする。
グルドフは慣れた手つきで弧を描くように何度も麦に打ちつける。
カイルも殻竿を手に持った。
まさか──。
ぎこちない後ろへの振り上げから、勢いをつけきれないまま振り下ろされた殻竿。
バタ──。
グルドフの時よりも遥かに小さな音。
いや、音はどっちでもよかった。
(私の天使に殻竿を使わせるなんて)
「あれ⋯⋯?」「ちが⋯⋯」「んんっ⋯⋯?」
カイルの漏れ聞こえる声と共に、使いこなせない感じが伝わってくる。
それがカイルの可愛さを急増させている。
カイルは口元を不満そうに歪めながら、頬を火照らせた。
胸が苦しくなったメルリアは自分でも分からないが殻竿を手にしていた。
そこで我に返ったが、もう後には引き返せない。
皆が呆気に取られている最中、力はないが上手く身体を使い遠心力で勢いをつけて、殻竿を麦へと振り下ろした。
メルリアは無駄のない動きで、少ない力を殻竿に伝えている。
バタンッ。
グルドフほどの音ではないが、麦が茎と果柄と小麦に分かれるほどの威力はあった。
続けざまにメルリアは振り下ろす。
(ふぅ、重たいけど、麦が派手に散るのはか・い・か・ん、じゃなかった。私はこんなことができる五歳の女児ではないのー!)
「お、重た〜い。手が痛いの〜!」
メルリアは恥ずかしさに顔を赤らめながら、シエルの元へと逃げた。
シエルに頭を撫でてもらうメルリアは何度も深呼吸する。
「慣れた手つきだったじゃねーか、メルリア」
久しぶりに聞く声にメルリアは、小動物の警戒さながら、振り向いた。
しかも見られていた。
(アーノルド様とゴリマッチョ執事⋯⋯名前は何だったかしら⋯⋯あ、バルド様!)
「アーノルド様とゴリ⋯⋯バルド様! 違う、違うのー!」
弱点でも見つけたかのように、愉快そうな表情を浮かべるアーノルド。
「手だってこんな⋯⋯」
豆一つない綺麗なメルリアの手のひら。
メルリアは言い返せなくて悔しいが、シエルの後ろに隠れた。
「脱穀ですか。私も手伝いましょう」
バルドの申し出にすぐさま殻竿を渡すグルドフ。
バルドの持つ殻竿はとても軽そうに見える。片手でもできそうな動きから、振り下ろす。
メルリアの頬に風が当たった。
そう、気がついた瞬間──。
ドゴォン。
ん? 音がおかしい。
地響きを感じる。
ドゴォン、ドゴォン!!
小麦どころか、工程をすっ飛ばして小麦粉に乗りそうな強打。
メルリアがハラハラしながら見ていた。
そして案の定、白い粉が隙間から見えた。
アーノルドは快活な笑顔を見せる。
「はは、バルド、手加減しろ」
「申し訳ございません」
メルリアたちはバルドの超人さを身をもって体感したのだった。
しかし、それでは終わらない。
なぜか石臼対決になった。
と言っても石臼は二つしかないので、アーノルドとバルド。
バルドとグルドフの二回だけだった。
アーノルドは「バルド、手加減しろよ」となぜか小物のような発言をしている。
アーノルドはバルドに手加減してもらったのに勝てなかった。
でもメルリアは納得していた。
バルドは機械のような速さで石臼を回し始めたのだ。
そして隙間から淀みなく小麦粉が出続けた。
アーノルドはわざとらしく肩を落とすと「俺に足りないのは筋肉か!」と主張するので、メルリアはえんどう豆と牛乳を勧めた。
植物性タンパク質と動物製のタンパク質の両方が取れるので、良質なプロテインだろうとメルリアは思った。
ちなみにバルドとグルドフは共に早すぎるので、引き分けということになった。二人の間に言葉なかったが、お互いいい笑みを浮かべた。
夕食時、メルリアはアーノルドにこう提案した。
「庭で採れた野菜や小麦が穀物庫にたくさんあります。余っている分は売って、屋敷の修繕費に充てませんか?」
「穀物庫は二箇所にあります。冬を越すことを考えても、量は余っています」
ニックの作った木箱は麻袋二十袋分だという。
それが二箱分余っているようだ。
アーノルドは頭の中の算段が終わると、スプーンを置いた。
「よし、一箱売るか。明日、調達が必要な物の一覧を作ろう」
* * *
次の日、朝食が終わった食堂にて──。
アーノルドはバルドにある書類を持ってこさせた。
「アーノルド様が正式に新領主になられました」
メルリアたちが拍手をする。
「新領主様〜」
メルリアが呼んでみる。続いて、ニック、カイル、シエル、グルドフも呼ぶ。
アーノルドは満更でもない顔をしていた。
一息つくとアーノルドは、隣のリコルディ領に小麦を売りに行くことを告げた。
大事なのはその後である。
「この屋敷に足りないものはあるか?」
ニックとグルドフとシエルはすぐさま「ある」と答えた。各々、必要なものを主張する言葉は終わらない。
包丁、針、保存用の壺、毛布、鉄鍋、蝋燭、釘、種、塩、斧、桶、蝶番、牛、羊、それに豚──。
バルドは淀みない動きで木の板に木炭で一覧を作っていく。
「待て待て。全部は無理だ。しかも最後の方のは全部メルリアの欲しいものじゃねーか!」
おっと、ばれてしまった。
「屋敷の最低限の修理と、小物を作るなら釘と蝶番は必要だ。それから工具も何本か」と、ニック。
「とにかく塩です。冬のために保存食を作るのに絶対に要ります」と、グルドフ。
「毛布と布地ですね。お嬢様の冬服も必要です」と、シエル。
その後も優先順位をつけながら一覧を作っていく。
「⋯⋯多くない?」
メルリアはバルドの作っている一覧を見て、呟いた。
「冬を越すんですから、多くないですよ」
シエルに言われてしまったら、メルリアは肩をすくめるしかない。
「アーノルド様、できれば牛か羊か豚のどれかだけでもお願いします」
「リコルディ領から歩かせてくるならいいぞ。それに牛ならダナンのところにもいるじゃねーか」
牛を諦めたとて、羊も豚もクアココット領まで歩かせられるとは到底思えなかった。
そこで、メルリアは心の中で盛大に地団駄を踏んだ。
(今は我慢かぁ!)
次回の二角的イチオシシーンは
メルリアはその景色が見えなくなるまで見つめていた。
「そうやっていると、子どものようだな」
「いえ、誰が見ても子どもですが」
────────
仲良く軽口を叩き合うアーノルドとメルリアです(笑)




