第19話・アーノルドの執事との初対面に「護衛の方ですか?」と問うメルリア
「メルリア、そろそろ帰ろう。このままでは遅くなる」
メルリアは不満そうな顔を向けた。
まだ牛を見て牛乳をもらっただけ。
ダナンにどんなことをしているのか話も聞いていない。
もしかするとバターやチーズが出てくるかもしれない。
それに他にも何か聞けるかもしれない。
「そんなに気に入ったのなら、牛乳をお持ち帰りください。タンダ、アルトに乗って持って行ってやれ」
メルリアは牛乳をもらいたくて駄々をこねていると勘違いされた。
顔を赤くして、主張しようとするが、ダナンは牛舎の奥に行ってしまうし、タンダも持ち帰り用の牛乳を用意しに行ってしまった。
「ち、違うのです〜!」
メルリアの悲鳴が辺りに虚しく響いた。
タンダが牛乳を瓶に入れてくれると言うので待つ間、アルトに顔を擦り付けて癒されていた。
ふわふわのアルトに癒しで顔を崩しながら抱きつくメルリア。
柔らかい毛がメルリアの頬を撫でていく。
アルトは分かっていないようで、口端を上げた可愛らしい顔をメルリアに向けていた。
しばらくすると、牛乳の入った瓶を抱えてタンダが戻ってきた。
「アルト〜、毎日会いたい〜」
名残惜しいメルリア。
「それなら毎日屋敷に来てもらえばいいじゃないか。タンダから牛乳をもらう。代わりに野菜や小麦を渡せばいいだろう」
メルリアは目を輝かせた。
* * *
珍しく夕食時にアーノルドが皆を集めた。
アーノルドは一度領地に戻るそうだ。
書類関係はマーラが進めているようだが、アーノルドも初めてここに来たときからずるずるとここにいた。
やるべき仕事があるのだろう。
「冬になる前に、ここへ戻ってこないと行けないからな」
アーノルドがここに来たのは夏の真っ盛りだった。
今は初秋。
心地よい風が吹いている日が多い。
冬になると動きの制限があるため、冬の準備はしっかり行わないといけない。
メルリアは牛に会えて浮かれていたが、それを進める時間はないようだ。
それに冬までにやらなきゃいけないことを考え始めた時、あることを思い出した。
「最近庭でとうもろこしが取れるでしょう? 美味しくていいんだけど、栄養をたくさん吸ってしまうから、植える場所を考えないといけないわね」
「お嬢様、物知りですね」
ニックは感心しながら、パンを噛じった。
いくつになっても褒められると、嬉しいものである。メルリアは頬が赤くなる。
「それなら俺がいない間に、それも進めていてくれ。それから皆で屋敷の足りないものをまとめておいてくれ。ここにあるもので修繕できればいいが、ない場合は冬になる前に買い足さないといけない」
そういえば、屋根の瓦も数がギリギリだったことを思い出した。
あれも数が足りなければ、快適な生活は訪れなかった。
それに屋根と床が壊れた屋敷だ。
ニックが毎日やったとしても全然終わらないほどたくさんの仕事があるのだろう。
* * *
次の日──。
朝の食堂でアーノルドは「今日、一度帰る」と告げた。
馬車が来るまでは時間があるようなので、庭に出てみる。
最初より少し拡大している畑。
今はトマト、人参、胡瓜、じゃがいもだけじゃない。
玉ねぎ、えんどう豆も増えた。
それだけじゃない。
グルドフ専用の区画があり、タイムとパセリが植わっていた。
しかし、広大な敷地からすると、雑草を抜いて手入れしたところは限られている。
猫の額ほどの土に茎が力強く伸びている。
隣の野菜を押しのけて少しでも太陽の光が当たるように葉を広げている。
それはまるで一区画だけジャングルが出来たような異様な光景だった。
「肥料も足りないはずなのに、よく育つんですよね」
「少し広げるか」
結局、雑草を抜き始めるメルリアたち。
(来年にはこの草を食べてくれる動物を飼いたいわ)
雑草を抜いた土をスコップで掘り返す。
皆は黙々と作業をすると茶色の土が見えてきた。
そこへニックが肥料を混ぜる。
隣同士の感覚が近かった野菜は少しずつ距離を離していく。
メルリアほどの小柄な人ならなんとか通れるほどの隙間ができた。
それでも土の部分は残っている。
「残りはグルドフの区画を広げたらどうかな?」
「ありがとうございます」
グルドフの顔がぱっと明るくなった。
「今は何が植わっているの?」
「タイムとパセリですね。せっかく空いているので他のも植えたいです」
アーノルドが横にやってきた。
「バルドがいくつか種を持ってくるから、使ってくれ」
聞き慣れない名前。
(そうだわ、アーノルド様は今日帰るんだったわ)
久しぶりに見た装飾のある馬車が屋敷の前に止まっている。
そしてアーノルドを迎えるように馬車の前には誰かが立っていた。
「⋯⋯護衛の方ですか?」
クアココット領の治安はというと、良い悪い以前に人がほとんどいない。
ただ隣の領地は危ないところもあるのかもしれない。
そう思わせるほど、肩幅が広く体つきのよい男性だった。
その男性は丁寧にお辞儀をした。
「バルド・グレンヴィルです。アーノルド様の執事をやっております」
メルリアは目を丸くさせた。
(ゴリマッチョ執事だわ)
アーノルドよりひと回りは大きいように見える、筋肉で。
「護衛も兼ねてる」
アーノルドがメルリアの反応を見て、補足した。
「私もそうだと思いました」
メルリアはバルドの前まで来るとカーテシーをする。
メルリアが顔を上げると優しく笑うバルドと目が合った。
メルリアは笑顔で見送った。
馬車の扉を閉めると、車内は静かになった。
バルドはアーノルドの向かい側に座っている。
「何もない辺鄙なところだ。お前もついてきてくれるか?」
「アーノルド様がメルリア様たちを気に入っている様子は見て取れました。私はどこまでもついていきますよ」
「気に入っているだと? ⋯⋯ひとこと余計だ」
二人は顔を緩めた。
「マーラ様が書類をご準備しております」
「分かった」
次回の二角的イチオシシーンは
マーラが元気な声で「おめでとう、これでお兄ちゃんはクアココット新領主だね」と伝えた。
「ありがとう、しばらくしたらこの屋敷も壊していくから」
「えぇっ!?」




