第18話・牧畜!※挿絵あり
メルリアはコップに入った飲み物を飲み干すと、二人がどんな生活をしているのか気になった。
「ダナンさんたちは何で生活しているんですか?」
「牧畜だが」
「牧畜!」
メルリアはそれを聞くなりアーノルドをじっと見る。
「アーノルド様!」
「なんで俺を見る!?」
メルリアの心の中は、牛だらけになっていた。牧畜なら牛がいるはず。
アーノルドは面倒くさそうにダナンへ確認した。
「ダナン、牛は飼っているか?」
メルリアは目を輝かせながらダナンに近づく。
ダナンは“牛”と聞くなり態度の変わった二人を理解できないようで、アーノルドとメルリアを交互に見ている。
「そりゃあ飼っているが」
メルリアはダナンから素早くアーノルドに視線を移す。
「アーノルド様!」
「だー、分かったから!」
ダナンに牛舎の見学に行きたいと伝えると、「なんだそんなことですか」と拍子抜けしていた。
牧畜と聞いて、期待が膨らんだが、飼いたいといい続けていた牛にこんなに早く会えるとは思わなかった。
もしかして牛乳だけではなく、すでにバターとチーズを作っているかもしれない。
メルリアは嬉しくて心ここにあらずだった。
ふわふわした感覚でダナンたちについていくメルリア。
するといきなり手を掴まれた。
いや、手を握られた。
顔がくっつきそうなほど近くにカイルの顔がある。
吐息がメルリアの頬にかかった。
「メルリア様、ちゃんと気をつけてくださいね」
「はい」
メルリアは驚きすぎて固まってしまった。
(びっくりした⋯⋯平常心、平常心⋯⋯)
心を落ち着かせるメルリア。
カイルの方を見たが、なんだかちょっと怒っているように見えた。
だが、メルリアは不満有りげな顔で、口を尖らせる前に足を滑らせかけた。
小さな声を上げながら、カイルにしがみつく。なんとか転ばずに済んだメルリアは、小さくお礼を告げた。
「⋯⋯カイル、ありがとう」
たぶん滑らせて心臓が跳ねたのだろう。
メルリアの鼓動はまだ早かった。
改めて周りを見てみると、牛舎に向かう道は土まみれだった。
メルリアが周りに意識を戻すと、家畜独特の匂いがする。それに干し草の匂いが混ざる。
牛舎の近くには草の塊が端に積まれている。その隣にバケツやスコップなどが置かれている。
それに近づくと、くぐもった牛の鳴き声がする。
メルリアは五歳の小さな身体というのは自分でも分かっていたが、それにしても牛舎が大きい気がする。
屋根も家と同じくらいあるし、ダナンたちの家も三軒は入りそうな気がする。
(もしかして、牛をたくさん飼っているのかしら?)
タンダが身軽な動きで扉に近づくと、身体の体重を扉に乗せて押している。
木の扉ではあったが、アーノルドよりはるかに大きい扉を開けるのは一苦労だろう。
メルリアたちは扉が手前に開くのを、後ろに下がって見ていた。
扉が開いた瞬間、牛の匂いが強くなった。
急に強い匂いが鼻に流れ込んできたので、息を止める。
メルリアは前世の記憶を頼りにすると、牛は白と黒の斑だ。
しかし、目の前にいる牛は白か黒、それに薄黄色。
そして大きさはアーノルドが横になったら、一人半くらいの大きさになる。
前世の牛より遥かに足が太い。
この巨体を支えるのには必要なのだろうとメルリアは納得した。
それにしても──。
「可愛い〜!」
どの動物も赤ちゃんは可愛いものだ。
だが、牛はお世辞にも声を上げてしまうほど可愛い動物ではない。
そのはずなのだが、目の前の牛はなぜかメルリアが鉛筆で書いても酷似しそうなデフォルトの丸い形。
目は点のようにつぶらで愛嬌がある。
前世の少女たちが好みそうな丸っこい形なのだ。
それだけでメルリアは癒された。
「持って帰りたい」
メルリアの心の声が漏れてしまった。
可愛い牛をこのまま家へと連れて帰りたい。
「まずは牛が飼えるように庭を整えないとな」
そうだった。
草は雑草がまだたくさん生えているが、牛舎はないし、牛ならさすがに柵が必要だろう。
それにスコップや三本鍬など道具。
そして一番大事な牛乳を保管する容器も準備する必要がある。
牛舎の奥の方に大きな樽があった。
「ダナンさん、あの樽は何ですか?」
「メルリア、お前は俺の家族のような扱いだ。呼び捨てにしろ」
前世の感覚が邪魔をする。
メルリアは少しむくれたが、アーノルドの“家族のような扱い”に新鮮味を感じ、従うことにした。
「ダナン⋯⋯教えて」
メルリアは喉が痒くなった気がした。
目上の人には敬語が染み付いていたメルリアは呼び捨てにすることも敬語を使わないことにも慣れていない。
「あれは搾乳した牛の乳を入れているんですよ」
「牛乳!」
メルリアはそっとアーノルドを見る。
たぶん嬉しいが顔から滲み出ているのだろう。
アーノルドは大きなため息をついた。
「ダナン、飲んでみてもいいかしら?」
メルリアは楽しみで仕方がなかったので、ダナンに視線を送り続けた。
それを見たダナンは嬉しそうに笑うと、タンダにコップを取ってこさせた。
牛乳の入ったコップを、メルリアは両手で大事そうに受け取ると、匂いを嗅ぐ。
とても懐かしい匂いがした。
この世界で飲むのは初めてだ。
匂いから引き出される記憶は全部前世のものだった。
口に運ぶと、牛乳独特の乳臭さがあり、それがまたよかった。
濃い牛乳はまろやかに喉を通っていく。
旧友にでも会ったかのように、懐かしさを身体で感じながら飲み干した。
「いい飲みっぷりですね」
ダナンの穏やかな笑顔。
メルリアは懐かしさに胸が苦しくなって頭を下げた。
メルリアは身体中で牛乳を堪能している。
アーノルドは心配になったのだろう。
優しげな声でメルリアを呼ぶ。
「メルリア?」
「も、もう一杯!!」
力強い声がメルリアから出てきた。
旧友なら抱きしめているところだろう。
そんなメルリアの意外な行動に皆は笑ってしまった。




