第17話・あそこの家じゃないと言って⋯⋯!
「あなたは誰?」
メルリアは少年に聞いた。
背丈はカイルより少し大きいので年上かもしれない。
簡素な上下の服に平民だと予想する。
「俺はタンダ。そっちとそっちとそっちの人は?」
人差し指の順番からすると、メルリア、カイル、アーノルドだ。
アーノルドは大人なので“そっちの人”になったのだろう。
「僕はカイル。こちらはメルリア様で、あちらはアーノルド様だ」
カイルは立ち上がり、しっかりとした立ち姿で、メルリアとタンダの間に入った。
「ほう」
アーノルドが感心の声を漏らす。
メルリアも心の中で大きく賛同する。
(カイルがとても逞しくなった気がするわ)
「メルリア様とアーノルド様⋯⋯どこの方ですか?」
タンダは探るように聞いてくる。
それぞれ自己紹介をすると、目を大きく開いた。
「領主⋯⋯様なのですか?」
タンダが驚くのも無理はない。
おそらくタンダは領主にあったことがない。
悲しいことだが、あの父親のことだ。
使用人も領民の存在を知らなかったくらいなので、お互いは知らないまま生活していたようだ。
「正式にはまだだが、少しして契約を取り交わせばそうなる。タンダはどこに住んでいるんだ?」
メルリアはアーノルドの言葉に嫌な予感がした。
メルリアから見えるところにある家は丘の麓の一件だけだ。
ここからかなり離れている。
(あそこの家じゃないと言って⋯⋯!)
タンダは後ろを振り返ると、メルリアが見ていた“あそこの家”だった。
「あそこに見える家です」
(やっぱりそうか〜)
メルリアは放心して、天を仰ぐ。
メルリアの小さな身体ではあそこに行くのも大変だし、行ったとしても帰ってこられない。
哀愁漂う雰囲気を溢れさせるメルリア。
「アーノルド様、申し訳ありませんが、私はあそこまで行って戻ってくる体力がありません。代わりに行ってきてください」
アーノルドの元にはアルトがいて、押し倒しそうな勢いでアーノルドに身体を擦り付けていた。
メルリアはなんだか敗北した気分だった。
ひとしきりアーノルドに撫で回されてアルトは落ち着いた。
するとタンダはアルトの背中をぽんと叩いた。
「メルリア⋯⋯様、アルトに乗りますか?」
アルトは大きな目をこちらに向けている。
アルトはメルリアがオオカミと間違えたほど大きかった。アーノルドが横になって比べたとしても、まだまだ大きい。
メルリアはアルトに近づいた。
アルトにはメルリア、タンダ、カイルの順に乗った。
三人が乗っても平気な顔をしているアルト。
メルリアはアルトに跨ぐとふわふわの毛に癒される。いや、癒し過激派のメルリアは興奮していた。
「メルリア様、ちゃんとアルトに捕まってください」
タンダにぴしゃりと言われた。
「⋯⋯はい」
(タンダはしっかりしてるなぁ)
アルトが歩き始めるとメルリアは何度かバランスを崩しそうになったが、タンダの手が背中を支えてくれる。
そしてあっという間にタンダの家に着いてしまった。
家は平屋の一軒家。
その奥には物置よりはるかに大きい建物が二つあった。
タンダは慣れた動きで、アルトから飛び降りると、家の扉を開けた。
「じいちゃーん、いるか?」
呼び方に懐かしさを覚える。
(小学生の頃はよく家族をこうやって呼んでいたなぁ)
タンダが家の中に入っていく。
「そんな大きな声を出さんでも、聞こえとる!」
タンダよりも大きな声で返事が返ってきた。
不機嫌そうに出てきたじいちゃんと呼ばれた人はメルリアたちを見て、目が点になった。
「アーノルドです」
「メルリアです」
「カイルです」
それぞれが自己紹介をする。
「⋯⋯いや、どちら様?」
「じいちゃん、今、自己紹介したじゃん!」
「分かっとるわい!」
元気なじいちゃんということは十分に分かった。
「新しい領主とその連れです」
「領主⋯⋯様?」
タンダと同じ反応にメルリアは少し面白くなった。
タンダはメルリアたちに温かい飲み物を出した。
中身が茶色なので、お茶だと思う。
嗅いでみると、紅茶のように鼻の奥にいい匂いが香る。
アーノルドはかいつまんで説明した。
メルリアたちのことはやんわり伝える。
そのじいちゃんはダナンといった。
ダナンが言うには、この土地にもかなりの人が住んでいたそうだ。
ダナンが住んでいるところから一時間ほど離れたところには町もあったようだ。
前領主は民から慕われていたようだ。
それが領主が姿を現さなくなり、次第に土地が枯れ始めたそうだ。
領民は他の土地に移り住んでいったようだ。
ダナンは他の土地に移ることはしなかった。
「だって税金の徴収も来ないんだから、儂はここも悪くないかなと思いまして」
メルリアは納得した。
土地は細くなっても、税金がなければ、自分たちが暮らす分だけでいい。
(でも庭では野菜がいっぱい採れたわ。どうなっているのかしら?)
「それが五年前から土地が変わり始めて、今やすっかり豊かな土地に戻りました。新しい領主様のお陰ですかな?」
「メルリア、今何歳だ?」
アーノルドが、なぜかメルリアの歳を聞いてきた。
なぜわざわざ聞くのかと訝しげに思ったが、答える瞬間、アーノルドの思惑が分かった。
「五歳です」
ダナンは意味ありげに微笑みながら頷いている。
「豊穣の女神さまですかな」
メルリアは勢いよく口を開いた。
「たぶん、ちがぃ⋯⋯むご!」
アーノルドに口を押さえられた。
「確証はないんだ。否定する理由もないだろ」
メルリアは精一杯アーノルドを睨みつけた。
(双葉も出せない聖女なんているわけないわ)
メルリアは三歳の記憶をたぐり寄せた。
野菜があんまりにも育つので自分が聖女ではないかと、本気で疑ってしまった。
土の中から双葉を出したくて、両手を合わせて空へと伸ばしたが何にも起こらなかった。
代わりに隣で手を伸ばす天使に癒されていた。
メルリアはアーノルドを睨みつけていたことを思い出す。
だが、アーノルドはダナンと同じような意味ありげな顔をして微笑んだ。
次回の二角的イチオシシーンは
それにしても──。
「可愛い〜!」
「持って帰りたい」
メルリアの心の声が漏れてしまった。




